虚弱少女の生きる意味

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3  ガラッ    病室の扉が急に開いた。時刻は午後3時。いつものようにSNSの写真を眺めていた私は突然の出来事に驚いた。看護師さんが病室に来るのは朝昼夜の食事の時とお風呂の時、ベッドのシーツや服を洗濯する時だけ。食事やお風呂にはまだ早いし、ベッドシーツと服はついさっき交換に来た。この時間に看護師さんが来る筈がない。では、私の友人なのか? その答えもノー。通信教育を受けている私に学校の友達は居ないし、病室の外を出歩く事もない私には病院内の友人も居ない。  意図せぬ突然の来客に驚いていると、来訪者はゆっくりと私のベッドに歩いてきた。来訪者は少年だった。おそらく私と同じくらいの年齢だろうか。中性的な容姿で茶髪、妙に透き通った瞳が印象的だ。そして、その少年は何故か濡れていた。全身がびしょ濡れで服からはポタポタと雫が垂れていた。  少年は私の顔を一目見ると、「えっ?」と驚いた表情で周囲を見回した。 「あれ? ここは……。えーっと、ここって405号室ですよね?」 「……いえ、ここは1405号室ですけど。405号室は東棟なので向かい側の建物ですね。ここは西棟なので……」 「あ、そうなんですね。あれ? おかしいなぁ。LINEには確かに405号室って……」  綺麗な瞳の少年はスマホを取り出し、メッセージを確認した。その瞬間、「目も当てられない」とでも言いたげに右手で両目を覆う素振りをした。 「あー、そっかアイツ。LINEで位置情報を送る時に405の前にミスタッチで1を付け足しちゃったんだな。それで1405号室の場所が表示されたのか。あ、『間違えた、ごめん』ってメッセージがいつの間にか入ってる」 「でも、確かに間違えやすいですよね。この病院は10階建ての病棟が2つ連なってるので、しかも間取りも同じだから、東棟に405号室が西棟に1405号室が同じ位置にあるんですよ。同じような特徴がない白い建物だし、周りにあんまり目印になるようなお店とかもないから新人の看護師さんやお医者さんも間違える事があるので……」    思わずフォローのつもりで言葉を並べ立てる。久しぶりに人と話したからだろうか。自分でも驚くほどに饒舌だ。少年も照れ臭そうに頭を掻きながら話し始める。 「いやぁ、失礼しました。僕の友達が405号室に入院してましてね。高校の演劇部なんですけどね。劇の練習中に舞台の上ですっ転んだらしくて足の骨を折っちゃって……。そそっかしい奴なんですよ。だから、病室の数字も間違えたりするんだろうな。まったく……」 「あの……。全身がびしょ濡れですけど、大丈夫ですか?」  私の言葉に少年は初めて自分の状態に気付いたようで「あぁ」と言った。 「にわか雨が降ってきたんですよ、ついさっき。天気予報だと降水確率40パーセントだったから大して降らないだろうと高を括ってたら、結構、土砂降りでしたね。窓を見てみれば分かりますよ。まだ降ってますから」  その言葉に私は窓の外を見る。彼の言葉通り、薄暗い空模様で雨が幾重もの線を描いてザアザアと音を立てながら降っていた。どうりでいつもより薄暗いと思った。こんなふうに窓の外を眺めるのはいつ以来だろうか。窓から見えるのは向かい側の病院の東棟の白い壁だから、景色もへったくれもない。ずっと白い壁を見ているのも気が滅入るから、私はいつからか窓の外を見なくなった。  私は近くにあったバスタオルを腕型マニピュレーターで取り、彼に渡した。 「これ、新品なので良かったら使ってください。看護師さんには替えを持ってきてもらうから、遠慮しないでください。あと、このままじゃ風邪を引いちゃいますから、せっかくだし此処で温まっていってください。こんな腕でも温かいお茶くらいなら出せますから」  初対面の人物に此処までしてもらえると思っていなかったのだろう。或いは、機械の腕に驚いたのだろうか。一瞬、彼はキョトンとした顔で黙っていた。だが、数秒で我に返り 「あ、ありがとうございます! いやぁ、何から何まですみません。お茶を淹れるのは、よければお手伝いしますよ」 と慌てた様子で言った。 「せっかくだし、色々とお話を聞かせてください。ずっと、この病室に居るので退屈なんです。申し遅れました。私は魚躬癒能って言います。よろしくお願いします」  私が自己紹介をすると、相手も名乗った。 「これはご丁寧にありがとうございます。僕は伊佐里凪(いさりなぎ)と申します。服が乾くまでの間、どうぞよろしく」
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