君を泳ぐ 4-1

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君を泳ぐ 4-1

「やっ……ちまったぁぁぁ~」 部屋に入るなり尊は頭を抱えてうずくまった。あんなの、ただの八つ当たりだ。犀は一つも悪くない。 ただ、犀の魅力に自分以外にも気付く人間がいるのだという、その事実に耐えられなかったのだ。 別れ際の犀の悲しげな表情が目に浮かぶ。あんな顔、させるつもりは無かったのに。 「バカだぁ~、俺」 いつだったか犀に、不安げな顔で「色んなコに告白されてるけど、誰かと付き合わないの?」と訊かれたことがあった。告白されたことを犀に伝えたことは無かったから、まず気が付いていたことに驚いた。と同時に、犀以外の誰かとなんて冗談にでも考えたことが無かったから、犀自身からそれを訊ねられたのが少なからずショックだった。 けれどもし、と尊は考えを巡らせた。 もし、あの質問をした時の犀もさっきの自分と同じ痛みを感じていたとしたら……? それどころか、今も自分が呼び出される度、あんな痛みを感じているのだとしたら……? 『また告白されたでしょ』 何でもないようなトーンでそう言っていた、ついこの前の犀の顔が思い浮かぶ。ほんの少しだが、犀はあの時唇を尖らせてはいなかったか。あれは犀の精一杯の嫉妬の表現だったのではないだろうか。 「あ~クッソ!俺のアホ!犀~ごめん~~」 己の身勝手さに尊は大きなため息を吐いた。長く思い煩っていたせいで好きな気がしてしまうが、そんなことはない。犀は態度や言葉が控えめなだけだ。その証拠にあんなに何枚も自分への思いを絵に描いてくれていたではないか。 「犀~キライにならないで~……」 尊は半ベソをかきながらスマホを手にとって、犀の番号を呼び出した。 『……ただ今電話に出られません』 しばらくのコール音の後、無情にも自動音声がそう告げる。犀は先ほどの事を相当怒っているのだろう。何度掛けても留守番電話に繋がるばかりだった。自分のしでかしたことを考えれば当然のことだ、と尊は根気強く何度も電話を鳴らした。 『……尊?』 「あ、犀?!」 10分程掛け続けてようやく出た電話にかじり付くように声を発する。 「犀!あ……あのさ、犀。さっきはごめ……」 『んっ……早、く……来てっ』 泣いているような途切れ途切れの声に罪悪感で胸が痛む。けれど次の瞬間聞こえてきたのは、荒い息遣いと甘い吐息だった。 『あっ謝るくらいなら、ぅんっ、直ぐに、来て、よ……』 「犀?」 『んっ……あっ』 「えっ?!ちょっと……さ、犀?」 まさかまさかのまさかな事態に尊は顔を真っ赤にしてパニックに陥った。 『あんっ……あっあっ』 「…………っっ!!!」 何か言わなくてはと思うのに、ただ口がパクパクと動くばかりで言葉にならない。スマホをあてた耳から脳が痺れる音声が注ぎ込まれて、尊の下半身が痛いくらいに張り詰めた。 『んんっぅんっあっ……た、けるっ』 「ちょ、ちょちょちょ……待っ……な、ななななにして……?!?!」 『んっ……あっ、れ、練習、してるっ、のっ』 「練習、って……??!!」 『はっ……あっ…あの、ね……3本、入るようになった、よ……っ』 「サンボンッ……?!」 『お、しり……今日、できるように……って、僕、ま、いにち、頑張っ、てたんだ、よ?』 「!!!!」 犀のあられもない姿が脳裏に浮かんで、尊は思わず両手を床に付いて前屈みになった。 一旦大きく息を吐いてから、再びスマホを耳に当てると、尊はありったけの声で叫んだ。 「分かった!直ぐ行く!直ぐに行くから!!本当にごめん!!」 尊は適当に上着を腰に巻き付けて前を誤魔化すと、再び部屋を飛び出した。
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