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君を泳ぐ 2-2
「……犀、何を考えてるの?」
Tシャツをたくし上げられて露わになった胸元を弄りながら、尊がちょっと怒ったように訊ねた。
「んっ……っ、尊の、ことだよ?」
「目の前にいるのに?」
「んんんっ」
熱い舌と吐息で耳元をなぶられ、犀は思わず身をよじった。その瞬間、慣れた手付きで尊にTシャツを剥ぎ取られる。尊はそのまま間髪入れずに犀の赤く染まった肌にむしゃぶりついてきた。犀は尊が触れた先からビリビリと体に電流のような刺激が走って身悶えた。
「ふっ、うん……っ、あぁっ!」
跡が付きそうなほど強く吸われて、無意識に尊の体を押し返してしまう。尊のいつもより少し強引な触れ方に、犀は戸惑いながら訊いた。
「尊、今日なんか、機嫌悪い……?」
尊はムッとしたように唇を少し突き出して体を起こした。そして乱雑に制服と下着を脱ぎ捨てると、改めて犀の上にのしかかってきた。
「俺とエロいことしてる時に犀が考え事なんかするからでしょ」
自分より一回り大きな尊に両腕ごとがっちりと上半身をホールドされて、犀は身動きが取れなくなった。
「だから尊のこt……んっ…ふっ」
犀が反論するより早く、噛み付くような激しいキスをされる。いつもなら犀の言葉を遮ったりなどしないのに、やはり様子がおかしかった。
「っ!ふぁぁあっ……!」
脳天を突き抜けるような快感が腰から走って、ひときわ大きな甘い声が犀から零れた。
犀の双丘の間に、尊の指が滑り込んできたのだ。尊にはどこを触れられても感じてしまうが、最近は特に尾骨に触れられると声を抑えられない程感じてしまう。尊は無論そんなことはお見通しでそこに触れてきたのだった。
「やめっ……あっダメっっ!あっ……あっ!」
尊の指が強弱をつけながら犀の尾骨を這う。尊の首元に顔をうずめながら犀はされるがまま身悶えた。尊の熱い吐息が耳から全身を揺らすように注がれて、犀の体を痺れさせた。
「ふぁっ……ぁんっ」
下の方ではすっかり勃ち上がったソレが、同じく熱く固くなった尊のソレと擦れ合ってトロトロと蜜を零していた。二人の愛液が混ざり合って犀の間を伝い、尊の指を濡らした。それを合図にしたかのように、尊の指が奥へと進んできて犀の菊門を撫でた。
「んっっくっ」
ツプリと尊の指が中に入ってくる。そのまま第二関節辺りまでを出し入れされ、いつもの腫れ物を扱うような手付きとは違う性急さに、わずかな痛みが伴った。
「た、けるっ…いやっ。こ…こわ、いっ!」
いつもより少し乱暴に、かつ無言で与えられる快感に堪えきれず犀は叫んだ。その瞬間、尊はピタッと手を止めて体を離した。
「っ!ごめん!!!」
我に返ったように青ざめた顔で尊が叫んだ。互いに乱れた呼吸を整えるように、しばらく無言で見つめ合う。
尊の珍しい姿に犀はフフフと笑った。
「今日はどうしたの?本当に」
犀は両手を伸ばして尊の頬に触れ、そのまま自分の方へと引き寄せる。軽く啄むような口付けを交わした後、尊が今度は優しく犀の体を包み込んだ。
「……ごめん。嫉妬で暴走した」
「嫉妬?」
「俺としてるのになんか気もそぞろだし……それに……今日、昼休み真野君が犀の頭に触れたの見ちゃったから……」
「…………そうだっけ?」
教室の前を通り過ぎる一瞬でよく見ているものだと感心しながら犀は首を傾げた。
水泳部エースの真野とは相変わらず休み時間にちょこちょこと話をしている。彼の水泳に関する知識や思いは犀の知らなかったことばかりで興味が尽きない。真野がまた、犀のどんな質問にも快く答えてくれるので、犀も遠慮なく彼に話し掛けてしまうのだった。
「触れてた。この目でしっかり見た。……てか犀は可愛いんだから、もっと自覚持ってくれよ」
おでこに軽いキスを落としながら尊が懇願するような声で言った。
「アイツ絶対犀に気があるよ。最近犀を見る目が違うもん」
「あはははっ。何言ってるの。僕を好きになる物好きなんて、尊くらいだよ」
寝癖頭のもっさりした男子高校生を可愛いなどと思うのは尊くらいだ、と犀は思った。
「……あ、そうだ、寝癖だ!寝癖直してくれようとしたんだよ、真野君」
それだけだよ、と犀が笑うと「それでもダメ」と尊が不貞腐れたように口付けた。
「ふふっ。何がそんなに不安なの?」
「当たり前だろ?犀は可愛いしカッコイイし頭も良いし、その上才能溢れる男だぞ?犀が自分から積極的に表現しないから皆気付かないだけで、それに気付いたら誰でも犀に惚れちゃうよ」
「ふふふっ。ないない!万が一そんなことになったとしても、僕には尊しかいないよ」
本当に犀には尊しかいないのに。むしろ尊が他の誰かに心奪われやしないかと、犀の方が気が気ではないのに。
どうして尊は分からないのだろう?
犀が今こうして笑っていられるのは、本当に尊ただ一人のおかげなのだ。
図書館で最初に出会ったあの日、尊が声をかけてくれた瞬間の、あの嬉しさを犀は今でも鮮明に覚えている。
犀は当時から周囲に変わり者扱いされていたから、学校にも公園にも図書館にも、犀に親しく話しかけてくれる者などほとんどいなかった。だから自分より少し体が大きくて、可愛くも凛々しくも見える吊り目がちな大きな瞳をした少年が、自分を真っ直ぐに見て「一緒に」と言ってくれたことは、犀にとって奇跡のような出来事だった。
あの時尊が差し出してくれた『スイミー』。
スイミーが勇敢に大海原を泳ぎ出して色々な生き物と出会っていく様を、出会ったその日に二人でああでもないこうでもないと想像を巡らせながら読んだ。その体験はそれまで一人で読んでいたのとは比べものにならないくらい楽しかった。
それはまるで、絵本の中の魚のように独りぼっちだった犀を、尊が冒険の海へ連れ出してくれたような感覚だった。
あの絵本は色彩も美しく、今まで読んだどの本よりも犀を夢中にさせた。
あの日はそのまま借りて帰って、名前も知らない少年とのやり取りを思い出しながら何度も読んだ。それだけでは飽きたらず、その本を真似て画用紙に海の中を描いてみたりもした。
毎日毎日そんなことをしていたら、ある日とうとう母親がその絵本を買ってきてくれた。
図書館にその絵本を返しに行く時には、借りた絵本と買ってもらった絵本、それから自分で描いた絵を持って行った。尊にそれらを見せると、犀以上に喜んで、描いた絵のことも綺麗だ上手だと飛び跳ねながら誉めてくれた。犀はもうすっかり尊のことが大好きになって、彼と次は何を読もう、何を描いていこう、とそればかりになった。
あの頃尊がああやって喜んでくれなかったら、絵など描かない人生だったろう。尊は犀のどんな絵も「この色が好き」だの「この形が可愛い」だのと一生懸命誉めてくれたので、犀は絵を描くことが大好きになれた。他の誰に何を言われても、尊の言葉を思い出せば強くあれた。
だから尊の存在は犀にとって唯一無二なのだ。
そんな気持ちを込めて、犀は自分自身であり尊でもあるあの魚を絵に描いていたのだった。
「ねぇ、犀……」
互いのものを扱き合って果てた後、犀の隣にゴロンと寝転がりながら尊が口を開いた。
「ん?なぁに?」
半分体を起こして尊の顔を覗き込む。尊は犀と目が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「その……テストが終わったら……さ」
「うん?」
「最後まで……してもいいか?」
尊はそう言いながら見る見るうちに首まで赤くなっていった。犀は目をまん丸に見開いて、それから頬を赤らめてフニャリと笑った。
「うん……僕も、したい」
「ッシャア!」
尊はガバッと体を起こし胸の前で小さなガッツポーズをした。そして数秒そのまま固まったかと思うと、クルリと振り返って犀を見た。その顔は既にいつもの尊に戻っていた。
「よし!じゃあ今からテスト勉強するぞ!」
「えぇっ?!今からぁ?!」
甘い余韻に浸る間もなくそんな事を言い出す尊に犀は吹き出した。
「今からやんないと俺は間に合わないの!犀、教えてくれよ」
慌ただしくシャツを身に付ける尊の首の後ろはまだ赤みを帯びていた。
勉強が間に合わないんじゃなくて“我慢出来なくなる”んだろうなぁと、犀はTシャツを身に付けながら尊に見つからないように笑った。
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