39人が本棚に入れています
本棚に追加
君を泳ぐ 3-1
“駅で待ってる”
“いつものとこ”
“電車乗ったら教えて”
電車のドアが開く直前、尊はいつもと同じメッセージを犀に送った。
「あっつ~!!!」
涼しい車内から一歩出ただけで、一気に汗が吹き出した。
ジリジリと照りつける太陽を恨めしく思いつつも、尊は口の端がニヤケるのを止められなかった。
(とうとう、待ちに待った、この日が……!!)
うわ~!と奇声を上げて走り出したい気持ちを必死に抑え込んで改札をくぐり抜けた。
期末テストを無事に終えた今日、とうとう犀と“例の約束”を果たせるのだ。尊は今にも歌いながらスキップしてしまいそうに浮かれた足取りで、駅前の自転車置き場に自分の自転車を取りに行った。犀に送ったメッセージにまだ既読が付かなかったので、尊は暑さを逃れてコンビニへと逃げ込んだ。
(あ~ヤバい。マジでニヤケるの抑えられねぇ)
手で口元を隠しながら、尊は二人分の飲み物やらお菓子やらをいつもより多く買い込んだ。
「……アレ?」
店を出る直前、胸ポケットからスマホを取り出した尊は首を傾げた。いつもなら犀からとっくに返信が来ているはずなのに、未だ既読すら付いていなかったのだ。
(部活あるって言ってたっけ?)
高校の最寄り駅からここまでは30分程かかる。この気温では外にいるのは日陰でも10分が限界だ。尊の家へは自転車なら5分とかからない距離なので、一旦家に帰って犀からの連絡を待つことにした。
「あ~も~~!」
制服から着替えてベッドに思い切りダイブする。チラリと手に持ったスマホを見てもまだ反応が無い。
「犀ってば何やってんだよー!」
楽しみにしていたのは自分だけだったのか、と尊はベッドに突っ伏したままジタバタと手足を動かした。尊はソレのせいで成績が落ちたなんて思うのも思われるのもまっぴらだったから、いつも以上に気合いを入れて勉強までしたというのに。犀にとっては忘れてしまえる程のことだったのだろうか。
気付けば最初にメッセージを送ってからとうに40分は経過していた。
「あ~~」
待ちぼうけの居たたまれなさに、尊は思わず右へ左へゴロゴロと転がった。
「……もういいや!電話しよ!」
しばらくうなだれた後、尊はそう言って勢い良く起き上がった。
元々読みづらい犀の思考を推察したところで意味が無い。それに、もし犀が何か困ったことになっているなら直ぐにでも駆けつけたかった。
不安に脈打つ胸をトントンと軽く拳で叩いてからスピーカーをオンにして電話を掛ける。予想に反して呼び出し音はワンコールで途切れた。
『…………』
「……犀?もしもし?おーい。さーいー?」
ザワザワと周囲の音は聞こえるものの、犀からの返事がない。もしかしたらこちらの声が聞こえていないのかと思って、尊は一旦通話を切ろうとした。けれどその時----
『た…ける?』
雑踏の向こうにかすかに犀の声が聞こえた。
「犀?!犀聞こえてるのか??どうした?何かあったのか??今どこにいる?」
犀のいつもと違う弱々しい声に背筋が凍る。
「犀!今すぐそこに行くから!どこにいるんだ??」
『今……えっと……あれ?ここ……あ……駅前のいつもの場所だ』
現在地をようやく把握したような不穏な物言いに、尊は用意しておいた鞄と鍵と、それから冷蔵庫に入れておいたコンビニ袋を手に家を飛び出した。
「犀!今すぐ行くからな!!そこで待ってろよ!」
尊が駆け付けると、いつもの待ち合わせ場所に呆然と立ち尽くす犀が居た。真っ白なはずの犀の肌が日焼けしたようにうっすら赤く色付いている。
「犀!」
「……たける」
どこか焦点の合わない虚ろな目をして名を呼ばれ、尊は背筋がザワザワとした。
「どうしたんだよ?!なんかあったのか?」
尊が腕を掴んで顔を覗き込むと、犀はオロオロと目を泳がせた。
「尊……僕、どうしよう?」
「どうしようって?」
「僕……真野君に告白されちゃった」
「………………はぁぁぁあああ??」
天高く吸い込まれるような尊の叫び声が駅前広場に響き渡った。
最初のコメントを投稿しよう!