蟷螂の背徳

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超法規的処置発動。 鼓動の高鳴りが止まらない。 ついにやってしまった。 母さんお許し下さい、人の道を外れる行為をしてしまいました。 しかしあのままなす術もなく、着の身着のまま放出したとあっては、まみれたまま面接会場へ行くのは無理であり、ましてや、まみれたまま家へ帰る道中、衆人に不面目を晒すこともある意味、人の道に外れた行為と何ら変わらないんじゃないでしょうか。 着替えを持っていた訳でもなし。 自分勝手な言い訳であることは重々承知している。 しかし俺は一介の学生に過ぎない。 藁にもすがる思いで見出した唯一の光明。 あと先考えるいとまもなく、ままよと隣の女子トイレに駆け込んでみれば、男子トイレとは真逆の誰も居ない状況。 こうして俺は今、女子トイレの便座に座り、背徳感に苛まれていた。 だが一方で体内のハリガネムシ…じゃなかった、数時間にわたり我が体内で共に連携、やがて役割を終えたブツ達を、やっとこさ体外へ解放出来る安堵感に浸っていた。 女王様、大変お待たせ致しました。 うむ、良きに計らえ。 それでは… その刹那。 背後に違和感を感じた。 何ともなしに後ろの方へ顔を向けると、そこには年若い女性が立っていた。 白いワンピースを着て、俯き加減に佇んでいる。 長く垂れ下がった黒髪のせいで、表情を窺い知ることは出来ない。 振り向いたまま固まる俺。 あれれ。 居たっけ、この人。 いやいや。 ちょっと整理しよう。 俺は心ならずも女子トイレへ入ってしまった。幸いにして個室を含め人っ子一人居ないのを確認し、直ちに今座っている個室へ入った。 悶絶極まるいっぱいいっぱいの状態だったとはいえ、個室の空間で人のあるなしぐらいは判別出来たはず。 仮に人を見掛けたらもちろん個室へは入らなかっただろうし、当然のように女子トイレからすっ飛んで逃げ出していただろう。 理解不能状態のまま固まり続ける俺。 これは一体どういうことだ? それにしてもこの人、後ろに立っているだけでノーリアクション。 普通女子トイレに男が入って来たら叫ぶなりするのでは。 狭い個室に二人きりだし。 ましてや俺はスボンを下ろしてあられのない格好なのである。 ああ母さんお許し下さい、これから俺は背後の女性に通報されるんだ。 女子トイレ不法侵入、それに加えて強制露出行為も問われることとなりましょう。 このままブツ達を放出するなんて以ての外、してしまったら果たしてどんな罪が重なってしまうのか。 今後を左右する重要な岐路に立たされ、悲観的観測に思いを巡らせていたのだが。 それにしても。 さっきから一向にノーリアクションの女性。 もしや。 ひょっとしたら。 こうは考えられないだろうか。 この人は俺が個室に入って便座に座った後、隣の個室から上によじ登ってこっち側へ入ったのでないか? それならば合点がいく。 そうだ、間違いない。 だとしたら何の為に? 急に背筋がゾクっとした。 ま、まさか変質な人なのでは? サイコ的なやつじゃあないですか? 恐怖心が俺の身体を包み込んでいく。 俺、理由もなく背後からズブリと刺されちゃったり… ロープで首をグイッと絞められちゃったり… この不条理な状況を強引に理解しようとすればする程、よからぬ妄想が妄想を呼び慄きが止めどなく溢れてくる。 「はうっっっ。」 はよ済ませやああ! 下腹部の女王、再び降臨。 忘れた頃にやってくる。 あまりの異常事態に、すっかり自分のやるべきことがすっ飛んでいた。 思考混濁状態の俺に対し、凍傷レベルの冷徹なショックが下腹部をもんどり打つ。 どうかお情けを…女王様。 俺は、一体どうすればいいいのでしょうか。 「大丈夫?…、お兄さん」 背後から阿鼻叫喚状態の俺に対し、心配そうな様子で声を掛けてきたうら若き女性。 想定外のリアクションで返答に窮す。 「こ、これには訳がありまして…」 言いたいことは山ほどあったが、取り敢えず出た答えはこれだった。 「はうううっっっ。」 戯れ言はもう沢山じゃ。配下の者達よ、今こそい出よ、いざ、いざ! 痺れを切らした女王は、この状況下であっても情け容赦なし。 命令通り門外へ出るため、押し寄せた軍勢は今や遅しと門前に陣取った。 このままでは俺の意向など無視して、強硬手段に打って出るだろう。 そんな殺生な。 人前でなんて出来ません。 しかも女性に見られながらなんて…それだけはご勘弁下さい。 人として最も恥ずべき行為を、やれと仰るのですか。 わずかに残った、人間の尊厳ともいうべき最後の気力。 それを一縷の望みにして必死にすがり、開門阻止を続ける俺。 ガタガタ、ガタガタ。 突如個室の扉を開けようとする音。 な、何ですかこんな時に。 苦しむ身体に鞭を打ち、扉をノックして“入ってます“の意思を示した。 ガタガタ、ガタガタ。 だから、入ってますって! 声を出す訳にはいかない、男の俺が。 ここは女子トイレなのだ。 再びノックをして無言の返答とする。 まさか、まさかまさか? 遂に、通報されて警察が来たのか。 だが扉を一枚挟み聞こえてくる、外からの声。 「こちらで間違いないです、先生」 「むむ、感じます。人ならざる者、確かに居りまする」 「お願いします、何としても排除して下さい!先生の除霊だけが頼りなんです!でないと私…」 こう次から次へと…何なんですか今度は。 ただ警察ではなかったことにホッとする俺。 ガタガタ、ガタガタ。 どうあっても扉を開けようとする、外の謎の人物達。 「ふう、簡単に開けさせてはくれませぬねえ。しからば…」 いやだからカギが掛かってるだけですって。 ん? 息もつかせぬ展開のさなか、先程耳に入ったキーワードが頭に浮かぶ。 除霊って言ってなかった?… えっ。 後ろを振り向く。 黒髪の隙間から覗く女性の目が、初めて垣間見えた。 「そうなの?」 「うん、そうみたい…」 背後の女性は言った。 そんなあっさり告白されても。 心が読めるのかい、あなたは。 除霊…、亡霊、怨霊、悪霊、生霊、死霊、霊魂? それとも妖怪、お化け、魔物、化け物、怪物、もののけ?…なの? 「わかんない」
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