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ちょっと今の状況をまとめさせてくれ、端的に言うから。
男である俺がルール違反の女子トイレに侵入、そこは人ならざるものが現れる恐怖のスポットだった。
そんな異世界空間で繰り広げられるストーリーとは、背徳感に苛まれ、ただ出すか出さないかに葛藤するしがない学生の人間模様。
そこにゴーストバスター御一行が現れて…
こんな感じでしょうか。
んなバカな。いやいや。もうやめてよ。
ひょっとしたらこれは、道徳に背いた俺への天罰なのかと思えてきた。
外に居るゴーストバスター御一行には聞こえないように、あらためて背後の女性に小声で問うた。
「生きてる…方ですよね?」
「それはない」
あっさりさっぱりと答える方ですね。
ご冗談でしょう。
嘘だ。
これはきっと、俺をからかっているに違いない。
「うがっ、うがっ。」
女王の配下達が、遂に強硬手段に打って出た。早くここから解き放てとばかりに内側から大木でドスン、ドスンと下っ腹を突き立ててくる…かのようなインパクト!
もしこれがテレビ中継されていたならば、解説者は興奮し、
「これは、便意がしっかり乗った打撃ですね〜」
と、名台詞が誕生したことであろう。
確かにこの攻撃は心底応えた。
果たして背後の女性が、本当に人ならざるものか否か、それを考える余裕すら与えぬ無慈悲な女王。
俺の尊厳は、大いなる恥辱によって朽ち果ててしまうのか。
しかし、仮に人ならざる者であったとしても女性であることは確か。
自分の恥はともかくとして、事を成すは相手に失礼である。
ドスン、ドスン!
「うがっっ、うがっっ。」
おお、どうすればいいんだ!
「ゴメンね、お兄さん。私が居るばっかりに苦しめてしまって…」
苦悶する俺に、背後の女性はそう言った。
なんて優しいことを仰るか。
道徳に背いてしまった、一介の学生に過ぎないこんな俺に。
その瞬間、この女性が何故背後に居るのか、そして人ならざるものであるのかなんてどうでもよくなった。
恥辱で葛藤していることに対し気遣ってくれる姿勢を、俺は確かに汲み取った。
女王との攻防で心身共にすっかり冷え切ってしまっていた心は一瞬、ほんのりと温かくなった。
「私のことは気にしないで大丈夫だから、早く済ませちゃいなよ…うっ」
ズブリ!
突如響く禍々しい物音。
音の方に顔を向ければ、目の前の扉の隙間から、金属の突起物が突き刺さっているではないか。
これは。
これって、器物損壊では?
外のゴーストバスター御一行って、かなりクレイジーな方々…
「これでどうじゃ!」
グリグリ。
なおもバールのようなもので、扉を強引に開けようとする。
これが除霊というやつなのか?もっとこう神秘的な、ファンタスティックなものを想像してたんですけど。これじゃただトイレの個室へ強引に侵入しようとしているだけではないか。
「う〜」
でも背後の女性は苦しそうだ。
それを見るにつけ、胸が痛む。
「むむ、手強い相手じゃあ!」
「先生、何とかして下さい!」
グリグリ、バキ!
「よおし、開くぞよ」
カギで閉まっていた扉が、強引にこじ開けられようとしている。
「うう〜」
女性の目から涙が溢れるのが見えた。
やめさせなければ!
俺は開きかけた扉のノブをしっかり握り、必死に抵抗した。
この女性は、俺が護る!
ズドーン!ズドーン!
「うがっっっ、うがっっっ!」
こ、こんな時に。
女王の配下達は大木を諦め、今度は鋼鉄の鉄球で軋みかけた門に追い打ちをかけてきた…かのような大ダメージ!
血の気が引くような戦慄の暴虐が、わずかに残る気力を非情にも少しずつ削いでいく。
「まだ抵抗するかあ、悪霊め!、退散せよ、ふぬ!ふぬ!」
かたやそれに呼応するかのように、グイグイと扉を引っ張るゴーストバスター。
下腹部の女王とゴーストバスター、この二方面から続く攻撃は非常に辛い。
くう〜。まだまだ!開けさせてたまるかあ!
とは言うものの、気力と体力はとうに限界を超えていた。
ズドーン!ズドーン!
「うががっっっ、うががっっっ!」
「魔界に通ずる邪悪な扉よ開け!我に力を与え給え〜!」
ノブを握る力が、徐々に緩んできた。
薄れゆく意識。
いや、あきらめてはだめだ。
あきら…める…な…
「お兄さん…、もういいよ」
身体の感覚が少しずつ消えていく中で、背後の女性の澄み切った声がかすかに聞こえた。
「ありがとう…」
ズドーン!ズドーン!
バターン!
無情にも扉は開け放たれてしまった。
力尽きた俺は便座に屈んだまま、外に居るゴーストバスター御一行と初めて相対した。一人は霊媒師前とした格好、一人は中年の女性。
「うぎゃ〜」
途轍もない金切り声で、霊媒師前とした女性はその場から立ち去っていく。
「私には、手の負えない相手じゃあ〜」
「先生、待って下さ〜い」
霊媒師を追いかけるようにして、中年の女性も去っていく。
嵐のようなひと時はこうして終わった。
何故ゴーストバスター御一行が恐れをなし、逃げ出してしまったのだろう。
背後の女性を見たから?
それとも、苦悶に満ちた俺の鬼気迫る表情が、霊媒師を怯えさせる程の邪悪な悪霊に見えたため?
ただ単に、女子トイレにあられのない姿の男がいたことにびっくり仰天しただけだったかも。
その理由は、今となっては知る由もない。
そしてほぼ同時に、背後の女性もその場から消え失せていた。
その後はあれだけの騒動があったにも関わらず、そのまま下腹部の女王の命令を粛々と済ませ、誰の目にも触れることもなく奇跡的に女子トイレを難なく立ち去った。
何事もなく駅を去った後、一介の学生に過ぎない俺は、あるべき日常に舞い戻った。
予定通りしれっと採用面接に間に合い、晴れて内定を受けることとなる。
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