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 雨が降っていることには気付いていた。  それでも私は傘を差していなかった。小雨だし。家までもうすぐだし。傘差してると片手が塞がっちゃうし。  しかし家が近づくにつれ、雨脚は強さを増していく。  そうしていよいよ無視できないくらいの本降りとなったが「まあでもここまで濡れちゃったら今更か」とやはり私は傘を差さずに濡れたアスファルトの道を進んでいた。  大丈夫、この横断歩道を渡ったらすぐ家だ。帰ったらあったかいシャワーを浴びよう。  額に貼りついた前髪の隙間からぼんやりと光る赤信号を睨みつける。私は半ば意地になっていた。  けれど信号はなかなか変わらない。目を逸らすと、右手で無念そうにしているビニール傘が視界に入った。 「傘差さないんですか?」  ビニール傘が喋った。かと思えば、ぱたぱたと叩くような音がして、知らない男の人が隣に立っていた。  雨が止む。 「降ってますよ、雨」  私よりも頭ひとつ大きいスーツ姿の彼は、私の頭上に自分の傘を差していた。 「あっ、いや、もうすぐ家なので」 「そうですか」  つい言い訳のようなことを口にする私に、彼はそれだけ言った。  それから沈黙が訪れる。静けさに雨音が目立つ。  私はうまく言葉が出せなかった。当然だ。急に現れて傘を差してくれる見知らぬ男の人に対しての気の利いた話題なんて持ち合わせていない。それどころか少し怖い。  信号、早く変わって。  心の中で必死に願うも赤色の光は微動だにしない。 「青信号って、緑ですよね」 「え」 
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