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「何だと!」
明石が拳を振り上げる。
私はすかさず早口で告げる。
「顔を殴ってもらってもいいわよ。
けがの証拠ができて即警察に連絡するから。」
さすがにまずいと思ったのか、明石が振り上げた拳の行き場をなくしたようで、
「くそっ!」
と一言漏らすと、私の顔の横の空間に拳を下ろし、そしてだらんと手を下ろした。
「いつも何をそんなにいらだっているのか知らないにイライラを周囲にばらまいたって、何の役にも立たない。
あなたの評判が落ちるだけじゃないの?」
「……何を知ったような口叩いてんだよ。こっちの事情も知らないくせに。」
何、子どものようなことを言っているんだろう。
そう思った。
「知らないわよ。知ったこっちゃないわよ。知ってもらいたいなら知ってもらいたい人に正面からぶつかって、言葉で伝えれば?」
明石はものすごい形相で私を睨みつけてくる。
でも、もう、怖くなかった。
「お前……。」
明石が何か言いかけた時、辺りにロックナンバーが響き渡る。
明石がポケットからおもむろにスマホを取り出し、画面を確認する。
明石の電話の呼び出しの音楽だったようだ。
明石は目を大きく見開き、慌てたように電話に出る。
「……もしもし……。……はい。……え? いや。あ、はい。わかりました。すぐに行きます。」
通話を終えたらしい明石が、私の方に手を伸ばす。
「お前、何やりやがった!」
さすがにまずいかも、と思わず目をつぶった瞬間、後ろからぐっと引っ張られ、私は力強い何かに包みこまれた。
「無茶しすぎ。」
頭の上から聞こえた声が誰のものかわかったとき、私は目を見開き、震え始める。
「青柳!」
青柳くんの向こうから明石の声が聞こえる。
青柳くんが私を抱きしめて、そして、明石に背を向けているということがわかった。
「全部、撮ってるからねぇ!」
私の後ろから、理真の声も聞こえてきた。
「急いでどこかに行かなきゃいけないんじゃないの?」
坂下の声もした。
「くそっ!」
明石がそう一言叫んだのがわかり、バタバタと誰かが走り去って行くのがわかった。
私を抱きしめる力が緩められた。私の両肩に青柳くんは手を置いた。
見上げると、ものすごく困ったような顔をした青柳くんと目が合った。
「無茶しすぎ。」
青柳くんがまたそう言う。
「……なんで、ここに?」
私はそう聞くのが精一杯だった。
「坂下から知らされた。びっくりして大慌てで来たけど、坂下や甲谷さんのお友達に出て行くなって止められて。」
青柳くんの困り顔。私も困ってしまう。
「……どこから見てたの?」
「たぶん、ほぼほぼ最初から。」
最初から!?
さっきの、到底かわいくない、あんなやりとりをずっと見られてたの?
言いたいこと言ってやろうと遠慮なく明石を責めてやったあんな私、見られてたの?
……好きな人に?
私はかーっと顔が赤くなるのを感じると同時に、目から涙があふれ出すのがわかる。
青柳くんの手をふりほどいて、私は猛ダッシュでその場から逃げ出した。
「甲谷さんっ!」
青柳くんの声が聞こえたけど、合わせる顔がないって思って、とにかく全速力で走った。
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