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目覚めると、そこはコンピュータールームだった。天井に届きそうなほどにサーバーラックが何段にも重ねられていて、壁一面におびただしい数のサーバーが並び、稼働していた。
「……あれ? 会社?」
当然だが自分の家には、こんなもの置いていない。複数のサーバーを同時に稼働させているのは会社か、客先くらいだ。しかしここまで大量にサーバーを設置している所は知らない。しかもよく見ると、研修時に見た型落ちのサーバーだ。
いったい何がどうなってるのか。
「起きたかい」
その声は、俺の頭上から降ってきた。視線を向けると、俺と同い年ほどの男が立っていた。見覚えはないはずなのに、何故か警戒する気にはなれない。
そんな俺の内心を見透かしたように、男はふわりと微笑んだ。
「起きたなら、ちょっとお願いがあるんだ」
「……何ですか突然?」
俺の問いに答えることはせず、男は静かに俺の背後を指さした。振り返ると、見慣れたものがあった。ディスプレイ、キーボード、そしてマウス。サーバーのコンソールだろうか。
「これって……」
「ちょっとさ、エラーが出てるから見てくれない?」
「は?」
そう言われて思わず画面を見ると、確かに「CAUTION」という文字が躍っている。だがしかし……
「エラーって言われたって……せめて何をしたら起こったのかとか、説明して下さいよ」
「よくわからないんだよね。任せる」
出た。こういうお客さんは多い。コンピューターなら何でも出来ると妄信していて、エラーが出たら何でも騒ぎ立てる。
こういうトラブル対応のせいでクタクタだった。何でよくわからない状況でまで、同じ対応をしないといけないのか。
「あれ? ていうか、あんたは一体どちらさん?」
「そんなことはいいから。結構一刻を争う事態だから、見て」
謎の圧に負けて、俺は画面に向かうことにした。見慣れたデスクトップ画面のはずだが、どこか変だ。汎用的なOSと少し違う。
だがひとまずエラーメッセージにリンクがついていたので、そこから関係していそうな画面を開くことが出来た。
開いたのは、何かのシステムの管理パネル。システム名は『WOS』とだけ書かれていた。
「えーと……『{heat}が危険域に迫っています』?」
「言葉通り。そのエラーが異常なくらい出てくるんだよ。どうにかしてくれないかな」
メッセージの下に、更に詳細画面へ続くボタンがあった。押すとプログラムソースがびっしり書かれた画面が開いた。
「これ……何で書かれてるんですか?」
「何って?」
「プログラム言語ですよ。VBとかC++とか……」
「さあ?」
会話と同様、プログラムにも言語がある。当然それぞれ別物で、類似してる記述はあれど互換性なんてない。
研修と独学で2、3個くらいなら何とかわかるが、どれもかじった程度。俺なんかが触って良いのか不安で仕方ない。
だが、この男はもっとわからないのだろう。ここは俺が頑張るしかなさそうだ。
「えーと……ここで値を取得してるから、とりあえずエラーを避けるために、デフォルトで5~6下げといたら大丈夫かな」
ぶつぶつ呟きながら、関係していそうな記述を修正し、管理パネルに戻った。すると……
「エラー、消えたね」
「良かった……!」
「ありがとう」
男は、またふわりと微笑んだ。
俺にとって、何が何だか全くわからない作業だった。だが、この男の笑顔を見て、最近忘れていた気持ちが胸の奥に生まれた。
お礼を言われて『嬉しい』という気持ちを抱いたのは、いつ以来だっただろう。
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