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ある日の昼休み、美代が自分の机でご飯を食べようとしていると、真衣が血相を変えてやってきた。
「これ見て」
スマートフォンを突き出してくるので、美代はおずおずと両手で受け取った。画面に目を向けると、「ぬるぬる。キモ」という言葉とともに動画が添付されていた。ためらっている間に、真衣が画面をタップして、動画の再生を始めてしまう。
丸い洗面台の上に「使用禁止」の貼り紙がある。「カッパ」の文字ときゅうりの絵は描かれていなかったが、あのカッパのトイレの蛇口だということは一目で分かった。美代は貼り紙を見つけた日以降、例のトイレには入っていないが、定期的に真衣の投稿が流れてくるので、洗面台の形を覚えてしまっていたのだ。画面は全体的に薄暗く、夕方忍び込んで電気もつけずに撮ったのだろうと思われる。
ほどなくして「開けまーす」という女の人の声が聞こえ、画面の外から現れた右手が貼り紙をはがし、蛇口をひねった。
液体が落ちてきて、洗面台に当たった瞬間、「びちゃっ」と音がする。左側から割り箸を持った手が現れ、水滴をつついた。箸を持ち上げると、つうっと糸を引いた。正体は分からないが、水ではないことは確かだった。
――気持ち悪い。
美代は身震いした。一気に食欲も失せてしまう。真衣の手によって、スマートフォンが回収される。顔を上げると、真衣がこちらをじっと見つめていた。
「行こう」
「えっ、どこに?」
「カッパのトイレに決まってるじゃん」
真衣が美代の腕をつかんだ。上に引っ張られ、美代は悲鳴をあげた。
「痛い痛い! 自分で立つから!」
真衣が手を離してくれたので、美代は立ち上がった。本当は嫌だったが、何かを決意した時の真衣は止めることができない、ということを長年の付き合いで悟っていたのだ。ここで真衣と押し問答しても、どうせ丸め込まれて行く羽目になるのだ。時間をかけたところで結果が同じなら、さっさと大人しく着いて行ったほうがいい。
「少しなら、いいよ」
美代が言うと、真衣はにんまり笑った。
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