14人が本棚に入れています
本棚に追加
「何?」
「音、しない?」
ゴボゴボ、という音が美代の耳には聞こえていた。真衣が首を傾げる。
「しないけど」
その時だった。蛇口から大量の粘液が滴り落ちてきた。
「ひゃっ!」
跳ね返ったものが美代の頬に当たる。慌てて手の甲でこすった。
「何かいる」
真衣が指差す。その指は小刻みに震えていた。真衣が指し示している方向に目を向けると、半透明のかたまりが蛇口の下で膨らみはじめていた。中に「何か」がいると言われればそう見えてきた。美代は息をのんだ。この光景に既視感があった。前に動画投稿サイトで見た、馬の出産シーンだった。
かたまりは大きさを増していく。ぴちゃぴちゃという水音がする。半透明を突き破って、緑色の棒状のものが出てきた。先端には水かきのようなものがついている。
隣で真衣が唾を飲む音が聞こえた。
「頑張れ……」
美代は、手を組んで思わず呟いていた。
洗面台と同じくらいの大きさになったかたまりは、重力に耐えきれず、ずるりと外にこぼれ落ちた。
生まれた。そう。「出てきた」ではなく「生まれた」という表現がふさわしいと美代は思った。
かたまりがもぞもぞ動いて、半透明が崩れ出す。中から「何か」が姿を現した。
カッパだ。
大きさは洗面台にすっぽりはまるくらい。キャラクターのような可愛らしいものではなく、妖怪図鑑に出てきそうな、ヒョロっとしたシワシワのカッパだった。
最初のコメントを投稿しよう!