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「じゃぁこれで最後。須走、林平さん、協力ありがとう」
「うん。このナイフで須走を刺して逃げればいいのね」
「そう。それで完全犯罪が成り立つ」
「それにしてもこのナイフ。前も思ったけど本物としか思えない」
「リアリティにこだわってるから。刺したらそのまま帰ってね。須走には1時間ほど静かに転がってもらって血糊の具合を確かめるから」
「わかった」
「血糊とかまじ勘弁」
これが最終案だ。
だからなるべく本物に寄せたいという原町の希望で俺たちは体育倉庫にいる。
ナイフにも以前の水じゃなくて血糊が入っている。服がダメになるから嫌だといったけれど、リアリティのためだと言われ、シャツを買うから、といわれた。
「ここまでする必要あるのか?」
「リアリティだ」
「リアリティだからって何で俺縛られてるわけ?」
「バットで殴る訳にいかないじゃん。動き回って血糊が変になると困る。血の出方も確認したい。それにちゃんとタオルで巻いて縛ったから痛くはないだろ?」
「そりゃあ、まあ」
俺は壁際で後ろ手に縛られていた。これなら確かにあまり抵抗はできないと思う。そして叫び声を上げないように口にハンカチを詰められる。
けれどもここまで来ると乗りかかった船だ。仕方がない。
杏樹がナイフを構え、ニコリと笑って俺の腹に突進する。
その瞬間、俺は腹にずぶりと違和感を感じた。いつもと違う。何なんだと思うと、口の中が妙に生ぬるく鉄臭い。そして鈍い痛みが訪れて、それが痛みだと認識したとたん激痛に変化し、丁度日暮れでできた濃い影の中に膝から崩れ落ちる。ぶくぶくと口の奥から熱い液体が溢れ、じわりとズボンと上着が湿っていく。
「ぐ」
「じゃぁ林平さんはそのまま帰って。須走はそのまま黙って倒れてて。本当にありがとう」
「うん、じゃあまたね。須走、がんばれよー」
何が起こったのかわからないまま、腹部に響く激しい痛みに言葉を発することもできず、体は緩慢にびくりびくりと痙攣し始めていた。原町が近づき口の中のハンカチを引きずり出す。大きく息をするために上を向いて体勢を変えた痛みで腹のナイフがわずかに移動し、激痛が走る。頭がチカチカする。
「須走、大丈夫? 大丈夫なわけないか」
「な、んで」
「リアリティがあるだろ?」
リアリティ、すでに足から下の感覚がない。
心臓の音だけがやけに大きく耳に響き渡っている。これは現実?
「ああ。ドキドキした。本当にこんな機会があるとは思わなかった」
「な、んで」
「お前さ。文化祭用の本だと勘違いしてたみたいだけど、これはもともと俺のプライベートに書いてた奴なんだよ。俺はずっとお前が嫌いだったんだ。俺の前で林平さんといちゃつきやがって。いつか殺したいと思ってそれをノートに書いていた。誰かに見られると困るから偽名でさ。まさかお前が見ると思わなかったけど」
意味がわからない。理屈が飛躍している。
反論もできないまま原町の独白は続く。
「最初は目の前でお前が林平さんに殺されるのを良い気味だと思ってただけだったんだ。けど、今は本当に殺したくなっててさ。今なら完全犯罪にできると思ったし。お前と林平さんがいちゃついてたとかもうどうでも良くなっちゃった。お前が気にしてた動機なんて俺にもわからないよ」
「か、ん」
「僕はジョゼと違って須走を殴ってない。だから僕に疑われる痕跡がない。沢山検証しただろ、3人で」
意識が朦朧としてきた。
原町は最初に本を盗み見したときに浮かべた淡い微笑みの形を更に崩し、大きく口を横に広げてハ、ハ、ハと断続的に声を上げた。
初めて聞く原町の笑い声は奇妙だった。
その姿は体育倉庫の上部の明り取りから差し込む夕日に照らされ、妙に悪魔じみている。背筋が寒いのは失血のせいだけじゃない。
リアリティ?
こんな穴だらけ、な?
これは現実だろうか。先程までの痛みをすでにあまり感じない。なんだか妙に寒気がする。
「そんな目で見るなよ、須走。嬉しくなるじゃないか」
「どう」
「これから? 簡単だ。たくさん検証したからこれは完全犯罪なんだ。だから完全犯罪にする。遺書もちゃんと用意している。これから林平さんを追いかけるから。じゃぁね」
Fin.
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