ピーピング・トマサ

15/15
前へ
/15ページ
次へ
「お、坂本ーーど、どうした?」  社会科の教師の声も聞こえないし、教室中の視線が集まるのも気にならかった。佑香は後方ドア近くの自分の席から、スクールバッグを取って、再び廊下に出た。  廊下を走り、階段を下り、1階の裏口近くの廊下にたどり着く。ゴミ捨て場には、「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」「プラスチックごみ」「金属類」とそれぞれラベルの貼られたダンボールが置いてある。  佑香はスクールバッグから双眼鏡を取り出した。黒くザラついたボディを握りしめる。  ぎゅと目をつむり、腕を振りかぶって、「燃えるゴミ」とラベリングされたダンボールの中に打ち捨てた。ど、と空の牛乳パックに当たったのか、双眼鏡が鈍い音を立てる。  佑香はその場にしゃがみ込んだ。腕の中に顔を埋める。  誰も、私のことを知らない。  そのままずっと、動けなかった。牛乳のすえた匂いが、薄っすらと漂っていた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加