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 門扉(もんぴ)(くぐ)ると芳しい匂いが鼻腔をくすぐった。カレーだ。  美味しそうな香りに、きゅうと胃が鳴って空腹を主張する。  が、これを作っているであろう人物と、昨夜起きた出来事を思い返すと少しだけ気が滅入った。  **********  発端となった出来事を思い出してしまう。  習慣、あるいは羞恥心の違い。お互い、それを認識していなかったのが昨夜の『事故』の原因だ。    人間種のわたし(おおとり)那由多(・なゆた)が、獣人種――犬狼族(けんろうぞく)である柴本光義(しばもと・みつよし)氏とルームシェアをはじめて1週間と2日が経った夜。  帰宅し、途中で買ったコンビニ弁当で夕飯を済ませてから風呂に入っていたときだった。  体を洗い、ぼんやりと湯舟に浸かっているとドア越しに 「入るぞー」  と柴本氏の声が聞こえてきた。何のことか分からず、フリーズしたまま返事出来ずにいると風呂場のドアがガチャリと開いたではないか。  そこから、赤茶色の毛玉もとい柴本氏がウキウキした表情で入ってきた。  い、一体何!?  思わず、ホラー映画で怪物に遭遇したかのような悲鳴を上げてしまった。 「なんだよー、そんな驚くことか? いいじゃん。男同士なんだし」  わたしの悲鳴で耳がキーンと痛くなったのか、目を細める柴本氏。そのまま気にせず、赤茶の毛皮の上からシャワーの温水を被りはじめた。  このときのわたしは気が動転していて、氏は服を着たまま風呂に入る変わった趣味の持ち主のように見えてしまった。  だが、冷静に考えれば彼の毛並みは生まれながらの持ち物で、気軽に脱ぎ着出来るものではない。  と、そこまで考えて思い至った。  常に一枚余分に着ているようなもの(即ち)、"恥"の概念が人間(わたしたち)と少し違うのでは?
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