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 何より、親しいあるいは親しくなりうる人と囲む食卓が、こんなに豊かで味わい深いものだと知った今、部屋でコンビニ弁当をかっ込むだけの生活には絶対に戻りたくない。 「なんか遅くなっちまったけど、これからよろしくな。鴻さん」  その言葉に、こちらこそよろしくと返す。が、柴本氏は何やら首を傾げて何事かを考え始めた。 「そういやさ、なんて呼べばいい?」  真顔で問われて返答に困る。好きなように呼べば良いし、苗字じゃダメかと問うと 「いや、ダメじゃねぇよ。ただ、何かしっくり来なくってよ。そうそう、下の名前の那由多(なゆた)だっけ、どういう意味なんだ?」  途方も無く大きな数だったと記憶している。10の60乗とも10の72乗とも言われる巨大な数字。 「良い名前じゃねぇか。そっちで呼んでいいか? 那由多って」  名前を誉められたことなど初めてだったので、少しばかり戸惑う。けれど、悪い気はしないので、構わないよと答えると 「じゃ、改めてよろしくな。那由多」  彼に名を呼ばれたとき、心の奥がじんわりと温かくて、ちょっとくすぐったい気分になった。  初めての感覚で慣れないけれど、決して嫌ではない。  もしかするとわたしは、柴本という男を何らかの形で特別視してしまうのかもしれない。  様々な違いに戸惑いながらも、考え、歩み寄りながら過ごす日々は、こうして始まったのだった。 (了)
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