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 傷跡だろうか。どうしたのかと聞いてみたところ 「これか? 昔の職場が結構荒っぽくてさ。いや、おれがいた部署がそうだっただけなんだけどよ。あとは小せぇ頃に通ってた道場だったり、ちょっとケンカしたりとか。まぁ、色々だな」  現在は便利屋を営んでいる柴本氏だが、それ以前には陸上防衛隊(りくじょうぼうえいたい)に籍を置いていたことは既に聞いていた。  他国との戦争とは長らく無縁の平和なこの国でも、やはりそれなりに色々あるのだろう。    ボディソープをシャワーで洗い流す柴本氏を見るうちに、いつになく他人の間合いに踏み込みすぎてしまったことに気がつき、急に居心地の悪さを覚え始めた。もともと他人に肌を晒すこと自体あまり好きではなく、まして他人と風呂に入った経験など殆ど無かったのだ。  そんなわたしをよそに、柴本氏は洗い終えた体を湯舟へと浸し 「やっぱ、裸の付き合いってのは良いモンだな」  すとん。いつもよりずっと遅いタイミングで、心にシャッターが下りる感覚。  ここ淡海県河都市(あわみけん・こうとし)で生まれ育った者ならば、もしかしたら彼の言葉に(うなず)けるのかもしれない。  しかし、のわたしは、どうしようもない嫌悪感――あるいは違和感を覚えてしまった。  人間種だけが暮らすわたしの故郷にも銭湯や温泉施設の類は少ないながらもあった。裸の付き合いという言い回し自体も、日常会話で使われることは殆どないものの存在はしている。  が、それが実際に、風呂に浸かりながら近しい距離で言葉を交わすなどという用法になるとは想像すらしていなかった。  忌むべき故郷から逃れたのだという安堵と、見知らぬ異郷に流れついてしまったことへの不安。 「どしたの? のぼせちゃった?」  声を掛けられるのとほぼ同じタイミングで、先に上がりますねと早口で言いながら湯から上がる。 「あ、ちょっと?」  濡れたタイルに滑りそうになりながら、転がるように浴室を後にした。
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