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5.
市販のルーで作られた、一見するとごく普通のカレーである。
豚の三枚肉とニンジンとジャガイモ。べっこう色になるまで念入りに炒めた玉ネギは、影も形も見当たらない。
セロリやトマトなども入っているようだが、玉ネギ同様に煮溶けているようで、見た限りでは分からなかった。
「いただきまーす!」
胸の前でパチンと手を合わせ、宣言してからスプーンを取る。目の前の器からカレーと飯をすくい取り、スプーンで口に運ぶ。
目の覚めるような味わいと感じたこともない風味の豊かさに心底驚き、向かいの席の柴本氏にそれらを伝えた。
こんな美味しいカレーを食べるのは生まれて初めてかもしれないと伝えると、氏は嬉しそうに笑みを浮かべ
「メシってのは誰かと食うから旨いんだ。じゃなかった。ですよ」
いつもの人なつこい雰囲気に近づくにつれ、出そうになる素の口調をどうにか矯正する彼に、普通に話しましょうよと提案する。
かしこまったままだと、折角のカレーの味が分からなくなってしまうでしょう?
「そ、そうっすね」
二度三度頷くと、顔全体に子供のような表情を浮かべ、屈託無く笑った。
「あ、でも、昨日のアレは謝らせて、くだ、さい。申し訳なかった、です」
テーブルに手をついて頭を下げる彼に、もういいですよとわたしは返す。そもそも、大元の原因はルームシェアを始めてからも氏を避け続けたわたしの言動なのだ。
相手を思って言葉を交わす。それさえやっていれば、昨日の事故は起こらなかったかもしれない。
「昔っから集団生活には慣れてたつもりだったんですよ。小学生の頃から群狼流の道場に通って、高校卒業した後には防衛隊に10年くらいいた。けど、思い返してみたら、人間と暮らすのは鴻さんが初だったなって」
カレーソースとご飯を口に運びながら、柴本氏は言葉を続ける。集団生活に慣れていた彼が、実は人間種と暮らすのは初めてだと言うのには少しばかり驚いたけれども、色々と調べた後では納得できた。
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