お弁当を忘れたら、推しと。

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

お弁当を忘れたら、推しと。

 7039b2e3-c6f3-4b14-b66a-9c7bc8f66d83  今日も朝から雨が降っていて、湿気で髪が上手くまとまらない。新商品やメンテナンスの見積もりの仕事がたまってきてしまった。今日はちょっと忙しい。問い合わせの電話も多いし、営業さんは全員外に出てるし、いつものんびりお菓子を食べているA子も、今日は滝汗だった。忙しいだけじゃない。今日は暑さも尋常じゃない。この、じんわり肌にまとわりつく湿気か汗か分からない、入り混じったような熱気を感じると、また今年も梅雨に入ったんだ、と思う。 「B子、今日お弁当じゃないの?」 A子が特大のお弁当を広げて、私を見上げた。今日は寝坊してお弁当を詰める時間がなかったのだ。 「うん、コンビニ行って何か買おうかな。」 「いってらっしゃーい」 コンビニでお昼を買うのはもったいないけど、しょうがない。夕方まで頑張らなきゃいけないから、何か食べないと。エレベーターを降りて、1階のロビーに降りた。 「あっ…」  パラパラと雨が降っている。そうだった。そんな激しくはないが、コンビニまでは5分位あるから、このままだと結構濡れてしまう。傘をとりに戻るか?走ろうか?どうしようか迷っていると、後ろから声がした。 「B子さん」  振り向くと、そこには営業のCくんがいた。私より5歳も年下で、イケメン、とまではいかなくても爽やかな笑顔で、清潔感があって、高身長だ。 「どうしたんですか?」 「あっ…今日お弁当忘れちゃって、コンビニ行こうと思ったんだけど、オフィスに傘忘れちゃって…でも、取りに戻ろうかな。」 何だか恥ずかしい…。おっちょこちょいだと思われたんじゃないかしら。 「えー!珍しいですね、それなら…一緒にランチ行きませんか?傘もありますよ。」 Cくんはメンズ用の黒い大きい傘を見せて、笑った。私は目をまん丸くして、驚いた。 (え…待って…何この展開。。)  信じられない。何を隠そう、Cくんは私の推しなのだ。誰にだってあるだろう。職場やサークルや学校とかで、ちょっと自分好みな男性が。付き合いたい!!とかまで思わなくても、私なんかが仲良くなるのは申し訳ないけど、”ちょっといいな””かわいい”なんて、お気に入りのメンズが誰にだって、1人くらいいるでしょう?  そして、そして今。その推しメンのCくんから、”相合傘とランチ”のお誘いが同時に来ているのである。 「ダメですか?」 Cくんの、おねだりをする子犬みたいな顔。。 ”会社の他の子に見られたら?” ”キュン死しないかしら?” ”Cくんを目の前に物が口に入るかしら??” 色々な考えが一瞬頭を巡ったが、推しと相合傘とランチへの興味の方が勝ってしまった。 「うん!行こう」 「良かった、じゃ、入ってください。」 Cくんはにっこり笑って、黒い大きな傘を広げた。入らせてもらうと、肩がぶつかりそうなくらい。いや、ときどきぶつかる。相合傘ってやっぱり距離が近い。そして、Cくんはやっぱり身長が高くて、私が小柄だから20cm以上身長差がある。この身長差にまた、キュンとしてしまう。ドキドキしてるのがバレないように、とりとめのない話をして、近くの食堂に向かった。      Cくんと出会ったのは2年前。Cくんが中途入社で入ってきて、同じチームになった。私は教育係で、最初は一緒に事務をしていた。ぼーっとしているように見えて、実は一生懸命なところに好感が持てた。一緒におしゃべりするのも楽しくて、仲良くなった。彼が営業に部署が変ってからは、さみしくてロスになったこともある。それからは廊下でときどきすれ違って、挨拶をするくらいだった。私はまわりを気にする方だから、オフィスで割と仲が良いA子にも推しの話はしていない。    着いたのは、オフィスの近くにある小さな食堂で、個人のラーメン屋さん位の大きさの小さなお店。水はセルフになっていて、Cくんが2人分持ってきてくれた。Cくんはさばカレーを、私はオムライスを頼んだ。 「こうして、B子さんと話してると、事務してたころが懐かしいです。」 「本当だね。営業の部署に異動してから、1年だっけ?」 Cくんは、入社後事務の仕事がなかなか慣れなくて、私にいっぱい教えてもらえて助かったとか、営業に異動になったのは驚いたけど、ワクワクしたとか、お話してくれた。 「でも、営業に異動するとき、ちょっと寂しかったですよ。」 「えっ…」 「B子さんと仲良くなったから、こうやって話出来ることが少なくなって、ちょっと寂しかったです。」 照れくさそうに、でもやっぱりあの、爽やかな笑顔。 (わー!どういうこと??どういうこと??ちょっと嬉しい!!…いや、かなり嬉しい!!!) 情報の処理がおっつかない。幸せすぎる。かわいい…。オムライスの味がしない。でも、こんなに脳内がとりみだしてるのことに気づかれるわけには…。 「それは、…ちょっと私も寂しいって思ってたかも。」 これが精いっぱいです。すいません。 Cくんは目をキラキラさせて、身を乗り出して、 「本当ですか??!B子さんも同じだったんだー」 子どもみたいに、はしゃぐように笑って、ま、まぶしすぎる彼の後光に、私は圧倒されてしまった。 「じゃあ、またときどき一緒にランチしませんか?」 「えっ…」 Cくんの提案に心が躍った。今日だけでもご褒美デーだと思ったのに。私こんな幸せでいいのかしら?胸のドキドキが止まらない。 「うん…!またランチしようね。」 オフィスに戻ると、A子に遅かったじゃんと言われ、顔赤いよ?とも言われ、慌ててごまかした。これからまた、こんなご褒美デーがときどきあるのかと思うと、胸が苦しくてシンドイけど、一先ず今日寝坊した私と、この梅雨の雨にはでかしたと言いたい。 おしまい
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!