女の影

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 彩香(さやか)は、離婚の原因は父の不倫だと思っている。母は違うといったけれど、とても信じられない。母の嘘に決まっている。だって離婚から一年もしないうちに再婚すると聞かされたら、やっぱりそのために離婚したのだろうと思ってしまう。 「それ、ずっと気にしてるよね」  真司(しんじ)がいった。 「いい機会なんじゃない? 確かめてくれば?」 「なにを?」 「おとうさんに会って。新しい奥さんにも会って。本当の気持を聞いてくれば?」  彩香は思わず真司を見つめた。 「できるわけないじゃない。そんなこと」 「どうして? 来ていいよっていってくれたんだろう。わだかまりがあるのなら、断ると思うな」  そういわれれば、そんな気もする。彩香はうーん、とうなってしまった。 「それに夫婦のことなんて、本人たちにしかわからないだろう。真相は彩香が思っているのとは違うかもしれないよ」  父が嫌いなわけじゃない。もちろん母のことも好きだ。  自分自身も三十半ばになり、ふたりの子を持ち、当時の父と母の年代に近づきつつある。いまならふたりの結婚生活を理解できるかもしれない。 「お母さんに聞いてみるか」  彩香はつぶやいた。  真司はうん、とうなづいた。 「休みは取るし、飛行機代もなんとかなるよ」 「うん、ありがとう」  母の前に、妹に聞いてみよう。そう思って電話してみた。 「ああ、そのことねぇ」  ため息まじりに優香(ゆうか)はいった。 「わたしも気にはなっているのよ。なかなか面と向かっては聞きにくいし。時間が経てばますますだしね」 「おかあさんは、不倫のせいじゃないっていうけど、どうなのかなぁ」  彩香は日頃の疑問を聞いてみる。 「だとしても、一年もたたないうちに再婚したわけじゃない? そしたらやっぱりそのせいかって思うわよねぇ」  やはり優香もそう思っていたのだ。そもそも、ふたりとも相手の女をまったく知らない。母も、会ったことはもちろん名前すら知らないといっていた。ただ、長いからね、とだけいった。  だとすると、彩香が高校生のときに気づいたのがその女ということになる。  二十年を超える。  いつから付き合っていたのか、どこで知り合ったのか、どういう人物なのか。すべてが謎である。 「わたしが結婚してすぐに別れたじゃない?わたしのせいみたいで、寝覚めが悪いのよ」  優香が結婚するのを待っていたように両親は離婚したのだ。 「そうじゃないって、おかあさんはいうけど。それにおとうさんのことを怒っているわけでもないし、ちょっと不思議なのよね」  そこが彩香もわからないところなのだ。 「うん、仮面夫婦っぽいところはあったものね」  彩香がいうと、優香もうんとうなづいた。 「フラワーアレンジメントも独り立ちするためにはじめたんでしょう」 「だとすると、十年前から準備していたことになるわね」  ふたりで、うーん。と頭をひねった。 「おねえちゃん、行けるなら行って様子見てきてよ。おとうさんがどんな風に暮らしているか、気になるし」 「そういうなら、自分で行ってくればいいじゃない。なによ、ひとまかせにして」 「三才児を連れて海外旅行はキツイわよ。おねえちゃん、おねがい」  なんだか体よく押し付けられてしまった。
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