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深夜に羽田を出発して、クアラルンプール空港に到着したのは早朝だった。
到着ロビーで待っているといった通り、父はそこに立っていた。日本にいるときとちょっと雰囲気が違うのは、異国の空気のせいだろうか。それともとなりに立っている見知らぬ女性のせいだろうか。
すこし日に焼けた顔とコットンパンツにリネンシャツというラフな格好でも様になっているのは、わが父ながらさすがである。
となりの女性とならんで立つと、仲睦まじい熟年夫婦だ。
「おじいちゃーん」
見つけた真奈が駆けだした。
「おじいちゃーん」
負けじと翔も後を追う。
「ああ、よく来たな!」
父は片ひざをついてふたりの孫を抱きとめた。
「疲れただろう。飛行機は揺れなかったか」
「だいじょうぶ! ずっと寝てた!」
「そうか。ずっと寝てたか」
「ぼくね。ひこうきできたよ! ごおーって」
「そうか、ごおーって来たのか」
さきほどまでダンディに立っていた父は、すっかりおじいちゃんの顔で相好を崩す。追いついた彩香と真司にも、よく来たねと声をかける。
「朝早いのに、ありがとう」
彩香は返事をしても、やはり気になるのは隣の女性だ。
これが二十年来の不倫相手。
肩に力が入ってしまう。
派手な化粧をして、香水をぷんぷんさせたけばけばしい女、あつかましい性悪略奪女と勝手に思い込んでいたけれど、考えてみれば父がそんな女を選ぶわけがないのだ。
先入観がすごいな。自分であきれる。その彼女とうっかり目があってしまい、おたがいぎこちなく会釈をする。
中肉中背。五才下といっていたから六十才か。そのわりには若々しくてきれいな人だ。いや、かわいらしい、か。ショートカットで、ナチュラルなメイク。白いゆったりとしたブラウスにこげ茶色のロングスカート。素足にサンダル。手にはオレンジのネイル。ストーンとラメがきらめく。足には南国らしいあざやかな黄色。
さりげなくおしゃれなのに、アクセサリーをひとつもつけていないのは、子どもに配慮したのだろうか。
そして、特筆するべきは髪と肌の色。白い。髪は白髪というより透明感のあるシルバーのようだ。肌も西洋人のように抜けるように白い。
これはどうしたことだろう。
そして、いやがおうでも目に入る左手の薬指。おそろいのゴールドのリングが正式な夫婦なのだと事実を突きつける。
「ちゃんと紹介しないとな」
そういって父が立ちあがった。
「梨花です」
彼女の肩に手を添えて、父が改まっていった。
梨花。梨花というのか。
「はじめまして。梨花です」
その人がはじめて口を開いた。
「こっちが娘の彩香と、だんなさんの真司くん。それから孫の真奈と翔だよ」
父が彩香の家族も紹介する。
「彩香さんと真司さん。真奈ちゃんと翔くん」
梨花はひとりずつ目を合わせた。
「よろしくおねがいします」
深々とおじぎをした。ご丁寧で恐縮してしまう。
「こちらこそよろしくおねがいします」
彩香と真司があわてて頭を下げた。
「おばちゃんは、だあれ?」
真奈が切り込む。ちょっと待って。大人には順番ていうものがあるのよ。
「おじいちゃんの奥さんだよ」
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