いざ鎌倉、じゃなくてマレーシア

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 あわてずに父が答える。動じないな。さすが元常務だ。 「おくさん? 結婚したの?」  子どもって遠慮がないな。真奈の肩口を引っぱったところでもうおそい。 「そうだよ。結婚したんだよ」  やはり父は堂々と答える。 「じゃあ、おばあちゃんは?」  彩香があわててぐいっと真奈を引き寄せる。 「ご、ごめんなさい」  父はいいよ、と苦笑いだ。 「おばあちゃんとは、お別れしたんだよ」 「のりかえたの?」  ぎゃあ! なんてこというんだ。どこでそんなことばを覚えたのだ。 「アイちゃんがいってた」  アイちゃんめ――!  とうとう父はげらげらと笑い出した。 「ちがうよ。おばあちゃんとお別れしてから梨花と会ったんだよ」  あれ? 二十年来じゃないの?  たぶん彩香の頭の上にはてなマークが見えたのだろう。父が、その話はまたあとで、といった。 「おくさんはどうして白いの?」  真奈、脈絡(みゃくらく)がないな。彩香が、こら! といましめるが、梨花はいいのよ、と笑う。 「変わってるわよね。病気のせいで白くなっちゃったのよ」  白くなる病気があるんだろうか。 「白くなる病気なの?」  真奈がズバズバと切り込んでいく。彩香のひやひやした気持ちなどおかまいなしだ。 「お薬のせいよ」  ちゃんと答えてくれる梨花に、申し訳なくなってくる。父が、さあさあと割って入った。 「朝ごはん、まだだろう? フードコートに行こう。それから楽しいところに行こうな」  わーい! わーい!  子どもたちは大はしゃぎだ。  つれて行ってもらったフードコートでは、子どもたちは居並ぶご当地料理を無視して、毎度おなじみのハッピーセットをチョイスする。万国共通なんだなこれ。  いつものように、二口ばかりかじって残してしまったハンバーガーが親の食事となる。スパイシーでエスニックな香りが漂う中、彩香と真司はハンバーガーを口に押し込む。  父がくすくすと笑う。 「昼は、ブッフェを予定してるから楽しみにしてなさい」  ブッフェ! 思わず彩香は父を見る。なんとかゴレンとか、ヤムヤムなんたらとか。期待がたかまる。  父の運転するワンボックスカーで、クアラルンプール市内に移動する。張り巡らされた高速道路は走るのが厄介らしく、父は二度ほど「あっ、まちがった」といった。  そのたびに、助手席の梨花は「またぁ?」と笑う。 「ややこしいんだよ。似たようなジャンクションがたくさんあって」  父が笑いながらいい訳をする。  イチャイチャしてるな。彩香はうしろの席からその様子をぼうっと見る。孫以外にこんなにデレた顔をするのははじめて見たな。意外だった。  いつだって父は、キリッとしていた。家族で出かけるときも、家にいるときでさえも。なるほど、あれが「あこがれの先輩」の顔だったのか。もしこのデレた顔が素なのだったら、さぞや気疲れしただろうな。  逆に、この梨花という人には素が出せるということか。  うーん。 「ねえ、おくさん。あれ、なんて書いてるの?」  真奈は東南アジアらしい派手な看板を見ては梨花に聞く。  いや、待て待て。奥さんって呼ぶの?  「ちょっと、真奈。呼び方おかしいよ。奥さんじゃなくて、梨花さん」 「おくさんでしょ?」  たしかに奥さんだけど。父がニヤニヤしている。 「わかってて、だまってたでしょう?」  梨花が父を軽くにらんだ。父は大きな声で笑い出した。 「いや、ごめん。おもしろくて」 「もうっ」  梨花がぷうっとむくれた。いや、なんか、かわいいな。いい年だけれども。父はこんなところに惚れたのだろうか。 「梨花しゃん」  舌っ足らずの翔もかわいい。 「梨花ちゃん」  真奈はいきなりちゃん呼び。 「はい」  それでも梨花はちゃんと返事をする。いい人だな。この人は、ずっと独身だったのだろうか。父のために?
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