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クアラルンプールで
父に聞くことは山ほどある。いつどのタイミングで切り出そうか、思案を重ねていたのだが。
いま、彩香たちはKLタワーなる物を満喫している。クアラルンプールの市街地に立つスカイツリー的な電波塔だという。その地上二百メートルだか三百メートルだかの屋外展望デッキからクアラルンプールの街並みが一望できる。屋外。開放感がはんぱない。
転落防止の防護柵はアクリル板で、子どもたちも大人の助けがなくても景色を楽しめる。抱っこ抱っことせがまれないのは、大人も楽だ。彩香も真司も童心に返ったように異国の街並みを楽しんでいる。市の中心部は高層ビルが乱立し、なかなかの大都会だ。しかも個性的な建物が多い。
「ママ、見て! 変なビル!」
「ほんとだ! 変わってるね!」
おまけに、透明な箱がデッキから外に張り出している。もちろん足元も透けている。子どもたちは大喜びだ。あろうことか、床にはいつくばってはるか下の地上を見おろしている。
「人がゴミのようだ!」
「人がゴミのようだ!」
こらこら。真奈も翔も大きな声でゲラゲラと笑っている。
こういうのは怖がらないのだな。彩香と真司の方がよほど及び腰である。おたがいに手をとって、どうぞどうぞとゆずりあっている。
「そろそろレストランに行くよ」
父に声をかけられて、彩香ははっと我に返った。
出鼻をくじかれたな。
父の作戦だったのかもしれない。もとより、外のがやがやしたところでする話でもないし、子どもたちに聞かせる話でもない。ましてや梨花本人の前でしていい話なのかもわからない。
父だって、彩香の思惑はわかっているはずだ。それをごまかすようなことはないと思う。父なりにタイミングを計っているのだろうな。
昼食は展望台の上のレストラン。三百六十度回転する展望レストランでブッフェだという。いかにも海外旅行者向けではあるが、景色も料理も楽しめるのはありがたい。
今度は彩香も真司も、ご当地料理を堪能する。遠慮なく辛いものやエスニックなくせの強いものを選ぶ。子どもたちが食べるものは、梨花が辛くないものを選んでくれた。
「おいしいねー」
「おいしいねー」
真奈も翔も満足そうに料理を口にする。ニコニコと笑ってみていた梨花がふと真顔になった。
「おふたりは」
彩香にむかっていった。
「ちゃんと恋愛して結婚したのよね」
彩香も真司も質問の意図がよくわからずに、手を止めた。
「そうだよ。だいじょうぶ。きみが心配することはないよ」
横に座る父がそういって、梨花の頭をなでた。そのときの梨花の安心したような笑顔は、妙に印象に残った。梨花の問いの意味も、父の答えの意味も、そのときはわからなかった。あとからその理由を聞くまでは。
食べ終わったとたんに舟をこぎ出した翔を真司が抱いて、さすがに疲れてぼうっとした真奈の手を引いて連れていかれた父の家は、KLタワーから車で五分ほど。市の中心部にある高層マンションだった。
車から降りて、のけぞるほどに見上げる。
「うわー……」
間抜けな声しか出ない。
「すごいところに住んでいるなぁ」
真司もぼけっと見上げた。
「うちは二十階だからね、それほど上ではないよ」
父はそういうが。
白で統一された広い室内。しかもメゾネット。ベランダからの眺望は……。高層ビルに囲まれていた。郊外にいけばそうでもないのかもしれないが、中心部から見える空の狭さは東京と大して変わりはない。
「すげぇ。成功者だ。俺も投資始めようかな」
いい出した真司に、なにをバカなと彩香はじろりとにらむ。
「不動産投資なら指南するよ」
父が笑いながらいう。
「ぜひ!」
投資なんて、余裕のある人がするものでしょ。うちにはないから。
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