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南国の夜
すっかり日が暮れたころ、連れていかれたのは屋台がずらりと並んだ通り。あまりの店の数と熱気に圧倒されてしまう。
「おおぉー……」
焼いた鶏肉、豚肉、牛肉。中華っぽい炒め物。おかゆ。なにかを揚げたもの。焼きそばっぽいもの。
自分たちでは選べなくて、父と梨花が選んでくれた料理に舌鼓をうつ。
「しょっちゅうここで食べているんだけれど、それでもまだ知らない店があるんだよなあ」
と父がいう。
「わたしが料理が苦手なの。だから外食ばっかり」
梨花が恥ずかしそうにいう。
やっぱりずっと独身だったのだろうか。そう思ったのがわかったのか
「梨花も結婚はしていたんだよ」
と父がいった。そうでしたか。
「仕事ばっかりしていたけどね」
梨花がいい訳のようにいう。
……ダブル不倫ですか?
いまはこれ以上はやめておこう。根が深そうだ。
ビールを飲んだ梨花の頬は鮮やかなピンク色に染まっている。
「だいじょうぶか? いちごミルクになってるぞ」
父が梨花の頬をなでる。
「ちょっと暑くなってきちゃった」
梨花は手でぱたぱたと顔をあおぐ。
なんだ、このイチャイチャ。いちごミルクって! 娘の前で!
そんな彩香の咎めるような視線を感じたのか、父が彩香を見た。
「なんだ。どうかしたか?」
本人に自覚はないらしい。くすくすと真司が笑い出した。
「新婚カップルみたいですよ。おとうさん、素だとこんな感じなんですね」
さすがの父もあわてる。
「そんなつもりじゃないんだけどな」
梨花は、ごめんなさいと、申し訳なさそうにうつむいてしまった。いや、こっちが悪いみたいじゃないか。今度は彩香があわてる。
「ああ、そうじゃないんですよ。ただ、おとうさんがいつもと違うからちょっとびっくりしちゃって」
「そんなに違うか?」
父が聞く。
「ぜんぜん違う。こんなデレデレはじめて見たし」
「はあ、そうか。自分じゃわからないものだな」
ははっと彩香が笑う。
「いいんじゃないの。楽しそうで。ね?」
なかばやけくそである。真司もうんとうなづく。
「ラブラブー」
真奈が絶妙な合いの手を入れた。
昼間も寝たはずなのに、たらふく夕食を食べると翔はまたしても船を漕ぎ始めた。真奈も眠くなってきたようで口数が減る。
「あしたは朝から出かけるから、もう帰って休もう」
父がそういって、真司が翔を抱っこする。
だらだらと十分ほど歩いてマンションへ到着した。こっくりこっくりする翔をだましだましふろに入れ、ベッドに横にするとそのまま寝息を立てはじめた。
ふろを上がって目が覚めてしまった真奈は、しばらく梨花にひっついてあれやこれやと話しをしていたが、やがてあくびが出はじめた。
「梨花ちゃんと寝る」
また厄介なことをいい出した。すっかり梨花になついて、ずうずうしい。けれど梨花はあっさりいいよ、という。気をつかっているんじゃなかろうか。
父は、子どもになつかれてうれしいんだろう、という。そういえば、子どもはいないのだろうか。結婚していたとは聞いたけれど。
真奈はちゃっかり父と梨花の間にはさまってにこにこしている。あまり父たちの寝室をのぞくのもためらわれて、じゃあお願いします、と彩香は早々に引きあげてしまった。
寝室にはドアはついているけれど、どちらも開けっ放しである。この時期、寝る前にエアコンを切って窓もドアも開放しておけば涼しいと父はいう。南国の甘い匂いのするかすかな風を心地いいと思っていたら、いつのまにか眠ってしまったらしい。
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