母の告白

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母の告白

 母がランチをおごってくれるといったのだが、話が話だけに外で話すのはためらわれた。そこで最寄り駅の近くのカフェでテイクアウトのランチボックスを買って実家に出向いた。おしゃれなクラフト紙のボックスに入ったロコモコ丼とキーマカレー。緑のフリフリの葉っぱや黄色いパプリカ、ミニトマトなどがいろどりよく詰められている。  父が出ていったあとの実家だったマンションにはいまは母がひとりで住んでいる。ベッドを買い替え、ダイニングセットも処分して、かわりにいまは作業机がならんで、そこでアレンジメントの教室をしている。  食事はソファセットのローテーブルで済ませるらしい。彩香とふたり向かいあってすわると、母が熱いほうじ茶を入れてくれた。そのお茶を両手で持って、必要以上にふうふうと息を吹きかけた。なんといい出したらいいのか迷っている。 「なにか、いいたいことがあるんでしょ」  母は見透かしたように聞いてきた。 「……うん」  口ごもりながらランチボックスのふたを開けた。 「二時に生徒さん来るから手短にね」 「……うん」  母はペキペキとふたを開けるとキーマカレーを口にはこんだ。 「あら、おいしいわね」  彩香もハンバーグを一口口に入れた。もぐもぐとしばらく噛んでから飲みこんだ。なんだか味がしない。おいしいんだろうな、たぶん。 「真奈がね」  ようやく口を開く。 「夏休みにおじいちゃんのところに行きたいっていい出してね」 「あら、急に」  さもないように母がいう。 「お友だちが海外旅行に行くんだって。それで真奈も行きたいって」 「ああ、そういうこと。おとうさんがいいっていうなら行ってくれば」 「……いいの?」  彩香はおそるおそる母の顔を盗み見た。 「どうしてわたしの機嫌をうかがうのよ」 「だって……。いやじゃないの?」  母は一口お茶をすすった。 「だから何回もいうけど、離婚とおとうさんの再婚は関係ないんだって」 「それが納得できないのよ」  彩香の口調はついつい(とが)めるようになってしまう。 「おとうさんが再婚したいきさつは知らないけれど、わたしはとやかくいうつもりはないわよ。ただの熟年離婚」  熟年離婚。母の口からはなんどかそのことばが出た。それ自体はなんとなく理解できるけれど。やはり納得できない顔つきの彩香に母はため息をついた。 「あなたたちが、責任を感じるといやだから、いわなかったんだけど」  母がようやく口を開いた。  父透と母恵子が出会ったのは大学生のころ。透はテニスサークルの先輩でひとつ年上。大学のサークルにありがちな、週に一度か二度集まって軽くテニスをし、たまに打ち上げと称して飲み会を開く。そんなサークルだった。  当時から透はかっこよかったという。背も高くて、見た目もよくて、スポーツもできて。透を目当てにサークルに入ってくる女子も多かった。  恵子はそんな透とどうにかなろうなんて思ってはいなくて、遠くから見つめるあこがれの存在だったという。  それがどういうわけか、徐々に話す機会が増え仲良くなった。これ見よがしにアピールをしなかったのがよかったのかもしれない。サークルの集団の中からぬけだしてだんだんふたりになって、とうとうつき合うことになった。  それはそれは舞い上がった、と母はいった。 「だって、みんなのあこがれの人なのよ」  その人を独占できるとなると、それなりにやっかみやらなにやらがあって、嫌味をいわれることもちょくちょくあったらしい。  それでも恵子は、透のとなりに立って恥ずかしくないように、おしゃれにも立ち居振る舞いにも気をつかった。  その甲斐は十分あったと彩香は思う。幼いころから、彩香ちゃんのおとうさんはエリートでかっこいい、おかあさんはおしゃれですてき、といわれてきた。彩香自身も自慢の両親だった。学校の行事でふたりならぶと、芸能人のように絵になった。  そんなふたりも、一時は別れたという。 「就職してからすれ違いが多かったのよ。わたしも仕事に専念したかったし」  それから何人かとつき合ったりもしたけれど、仕事を優先したいという気持ちはかわらなかった。何年かしてからサークルのOB会で再会した。
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