真夏の夜の怪異

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その家はどこにでもあるような普通の家庭で、0才の赤ん坊と、お父さんとお母さんの三人暮らしでした。 深夜二時を過ぎた頃、三人とも深く眠っていたはずだったのですが、急に赤ん坊が大きな声で泣き始めたのです。 夜中に赤ん坊が泣くのは不思議なことではありません。しかし、お母さんが目覚めた時、ある異変に気づいたのです。 部屋が暑い。 ニュースで熱帯夜だと言っていたので、眠る前には冷房を入れていたはずです。それなのに、こんなに暑いのはどういうことでしょうか。 その時、お母さんは恐ろしい事実に気付きました。イビキをかいて寝ているお父さんの右足の下、そこに冷房のリモコンがあるのです。つまり、お父さんは寝返りをうった際に、床に落ちていたリモコンに足があたり、冷房が切れたのです。 お母さんは、込み上げてくる怒りを抑え、冷房のリモコンを入れました。空調装置からは冷たい風が出てきました。 赤ん坊はというと、まだ泣いていました。こうなれば、オッパイをあげないと大人しくなりません。 お母さんは眠気でうつろな意識の中、赤ん坊を抱えて、オッパイをあげます。二十分くらいで赤ん坊はコトンと眠りに落ちました。 お母さんはオムツを替えた後、赤ん坊をベビーベッドに乗せました。そして、崩れるように自分の布団に倒れ込みました。 お母さんが心地よい夢の世界へ旅立とうとした時、部屋に恐ろしい音が響きました。 ブリブリブリブリ。 その音は、赤ん坊のベビーベッドから聞こえました。そう、ウンチをしたのです。数分前に替えたばかりのキレイなオムツに、勢いよくウンチをしたのです。 お母さんはしばらく動けずにいました。頭の中では葛藤が繰り返されていました。今、替えるべきか。それとも気づかぬふりをするか。しかし、しばらく経ってからウンチが気持ち悪くて起きる可能性もある。その方が辛い。 お母さんは重い体を起こし、ベビーベッドに向かいます。オムツのテープを剥がすと、新生児とは思えないものすごい量のウンチをしていました。 もうろうとする意識の中でオムツを替えていると、赤ん坊が新生児微笑を見せます。こんな天使の笑顔を見せられたら全て許しちゃう、なんてことは決して思いません。笑顔は良いからオムツ替えの前にウンチせんかい、と心の中で毒を吐きます。 赤ん坊をもう一度寝かせて、手を洗い、布団に横になります。 すぐ隣では、お父さんが変わらずイビキをかいて寝ています。こいつはこれだけの騒ぎでよく寝られるなと、胸にあふれる殺意を何とか押し込め、まぶたを閉じます。 ふと、その時、何かがおかしいことに気づきました。お母さんはその異変にすぐに気付きました。 なぜ、この人がここにいるの? お父さんは今日、夜勤のはずなのです。ここにいるはずがないのです。 お母さんは震え上がりました。もしかして、幽霊だろうか。おそるおそる、お父さんの方に近寄ります。 「ちょ、ちょっと。何であなたがここにいるのよ」 お母さんが声をかけると、お父さんが目を開きます。 「あれ、ここって家?」 お父さんは上半身を起こし、キョロキョロとします。 「やっべえ、寝過ごしちゃった」 その言葉に、お母さんは愕然としました。つまり、お父さんは夜勤にも関わらず眠ってしまい、寝過ごしたのです。お母さんは思いました。こいつ、どこまでバカなんだ。 「お前も気づいてたら俺のこと、起こせよな」 お父さんはため息をつきながら言いました。 俺のこと、起こせよな?! お母さんは耳を疑いました。こっちは家事も育児も全部やって、夜中も起きて赤ん坊の世話して、冷房が切れて起こされて、オムツ替え直後のウンチも対応しているのに、俺のこと起こせよなって、はあ?! お母さんの怒りが限界を突破しました。 「こっちは家事も育児も……」 お母さんの右足が後ろに大きく振り上げられます。 「忙しいんじゃボケエエエエエエ」 お母さんの見事な蹴りがお父さんの顔面に直撃しました。お父さんの体は部屋の隅まで吹っ飛びました。
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