Stage1, Roll Up

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  * 「まー良かったんじゃない?」  優梨愛(ゆりあ)がTシャツを着替えながら言った。 「うん、ブランクがあるとは思えない感じはした」  杏美(あみ)は広げていた譜面をまとめ、リュックに入れている。 「ソーシャルディスタンスは、いつまで続けなきゃいけないんだろうね」  紗枝(さえ)がぼそりと言う。みんな、思っても言えなかったこと。  これまでのライブ収入は、もう見込めない。今日は満員御礼ということになっているけど、過去の1/4しか人を入れていない。 「まあでもさ、ここが感染源になったらそれこそダメじゃない?」 「それこそね」 「それこそだよ」  あたしたちは昔よりも聞き分けが良くなったのだろうか。  社会の規律とかそういうことに、どこか否定的に生きてきた4人だった気がするのに。 「ライブってやっぱ良いよね」 「うん」 「やっぱライブって必要だね」  そんなことを話していたのに、誰からも次回のライブの話は出なかった。  分かってる。みんなのまとめ役である優梨愛は、もうすぐ就職活動が始まる。みんなあたしよりも1つ年上で、これから社会に出る準備をしなければいけない。  優梨愛はこれまで金髪だったりオレンジだったり、明るい髪色にしていることが多かった。  だけど、今日のライブは黒髪のボブスタイル。バンドマンというより、まともな社会人みたいな雰囲気がする。  あたしたちのバンドは、高校の軽音楽部で生まれた。  ガールズバンドがストイックに鳴らす本格的な演奏と、杏美の作る楽曲の良さが噂になり、周辺の学校や音楽ファンの間でも話題になって行った。  地元のライブハウスで演奏をすれば、レーベルの新人発掘担当だという人が見に来ていることもよくあって、音楽系の個人事務所の人からもしょっちゅう名刺をもらった。  学生のくせにライブで稼げるようになっていたから、本気でプロの道を考えていた。楽曲をMV(ミュージックビデオ)にして配信サイトに上げるだけで収入が入ってきていたし、活動は至って順調だったのだと思う。  あたしは音楽以外、もっと言うと楽器だってロクに出来なかったけど、歌詞を書いた曲で収入が入った時には「生きていても良いよ」って言われた気がした。  だけど、突然世界は変わる。  2020年、音楽は……ライブは暗黙の了解という空気に殺された。
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