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大学の授業がオンライン以外でも始まって、先輩との交流が増えた。
就職活動のことを聞くと、みんなして一様に渋い顔をする。企業は、業績悪化に伴って新卒採用に消極的らしい。
「音楽を諦めたら就職するものだと思ってたけど、就職するのすら夢みたいな世界」
目の前に座っている紗枝が勢いよくアイスラテを吸い込んでいた。
「一体何が現実的なのかすら、もうよく分からない」
紗枝の大学とあたしの通う大学はすぐ近くだ。
紗枝の方がずっと偏差値の高い私立大学だけど、あたしは理系で紗枝は文系。
紗枝のような頭の良い美人が就職活動に苦労するんだから、あたしに就職活動は向いてなさそう。
「杏美は、音プロだって言ってた」
あたしは飲み干したアイスコーヒーのグラスに残った氷をストローでいじりながら、音楽の世界で食べて行こうとしている杏美のことが頭から離れない。
「杏美は、フリーの作曲家でもやって行けると思う。実力を見せて実績を積めば、きっとあの子は大きな仕事をする」
「うん。杏美は、そういう才能の持ち主だもんね」
「音楽はさ、ある意味平等だって思わない?」
「ある意味、平等……」
「心を動かせるか動かせないか、で決まるじゃない」
紗枝は、ふふっと笑った。「確かに」とあたしも笑って、肩下まで伸びきって退色した自分の髪をいじる。
「やっぱり、あたし……音楽しかできないのかも」
「何言ってんの。真琴の声は、別に音楽に限らずニーズあるよ。私はスティックがなきゃ音は鳴らせないけど真琴は身体だけで芸術ができる」
紗枝は両手の人差し指を立てて簡易スティックを作り、トトン、と喫茶店のテーブルを叩いた。
「あたしの音楽は、身ひとつだったらこの程度」
「でも、あたしたちの演奏が揃ったり、みんなの手拍子が揃ったりするのは紗枝がいるからだよ」
「うん」
あたしたちの大学がある街は、都心だというのに学生が多い。
あたしと紗枝が座る席の隣では、ゼミ生同士らしい学生が何やら国際問題だとか日本の政治について熱心に話していた。
「やっぱさ、リアルのライブは1年後だとしても……配信とか新曲の音源を作るのは、すぐにでも始めたいな」
「そうだね」
「別にさ、誰かに止められてるわけじゃないじゃん。音楽を止めろって言われたこともなければ、ライブをやるなって言われたわけでもない。私たちって、実は自由なんじゃないかって思うの」
紗枝の言っていることは、半分は分かったけど半分くらいは分からなかった。
あたしたちは自由なのだろうか。生きるか死ぬかになった時、杏美の音楽やあたしの声は何の役にも立たない。
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