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ーおまけー
部屋に戻ると布団が二組ぴったりとくっつけて敷かれていた。
普段ダブルベッドで寝ているせいかこの光景はなんだか新鮮に見える。
何気なく隣を見ると彗は困ったような照れ笑いを浮かべていた。
「なんか照れるね」
「毎日一緒に寝てるのにな」
「ふふ、変なの〜」
俺たちは今までの日常の延長線上にこうして新しい関係が加わった事を不思議に思いつつ、寝支度を整えた。
「俺のこと好きになってくれてありがとね」
布団の上で寝転がっていた彗がおもむろに俺の顔を見上げてそう言った。
やはり、顔が整っている人間はどんな姿を切り取っても絵になるものらしい。
乱れた髪や浴衣もただだらしないだけではなく微かな色気を感じる。
「なんだよ改まって」
「そう言えば言ってなかったなーと思ってさ」
別に深い意味はないよ、と付け足しながら彗は寝返りをうって天井の方を見た。
その横顔は心做しか嬉しそうだ。
いつも当然のように人から愛されている男がこんなセリフを口にしたのは意外だったが、素直な気持ちを伝えてくれたのは純粋に嬉しい。
俺は彗の少し癖のある髪に触れながら答えた。
「こちらこそありがとうな。俺のことずっと好きでいてくれて」
「ふふ、どーいたしまして」
頬をほんのり赤く染めながらクスリと笑う彗は綺麗だった。
「……よし!じゃあ明日も早いし、そろそろ寝よっかぁ」
彗は布団の上で軽く伸びをしながらそう言った。
「えっ」
長年の片想いがやっと成就したというのにあまりにもあっさりと引き下がられた事に俺は戸惑いの声を上げた。
「ん?どうかしたの」
彗は不思議そうな顔で俺の方を見る。
「いや、あの、もっとこう……これから色々あるんじゃないかと思ってた」
「色々って?」
「色々は色々……」
「あっもしかして晩酌でもするつもりだった?」
「……えっと、そうじゃなくて……、その、キ……キス、とか?」
こんな時に限って察しの悪い彗が憎い。
顔に熱が集まっていくのを感じて俺は顔を背けた。
「ふーん。瞬ちゃんは俺とそういう事したいんだ〜」
「わ、悪いかよ」
「んーん、嬉しいよ。瞬ちゃんって結構積極的だったんだねぇ」
「あー!もういい!ねる!」
ニヤニヤと笑う彗を見て恥ずかしくなった俺はこれ以上墓穴を掘らないよう勢いよく布団を被った。
「あはは、ごめんごめん冗談だって」
彗は楽しげにそう言うと、布の上から俺の頭を撫で始めた。
「なんていうか、瞬ちゃんと両想いになったって実感がまだ湧かないんだよね。それに、そんな一気に幸せになったらバチ当たりそうだし」
「お前にしては珍しくネガティブだな……」
「そりゃあね〜。まぁ、俺の心の準備がまだ出来てないっていうのもあるけど」
「ふーん……」
「だからもう少しだけ待ってもらえると助かります」
きっと今頃彗は優しい笑顔で俺の事を見つめているのだろう。
その視線を想像すると、何故か妙に心地よい気分になるのだった。
正直、彗の言葉を聞いて俺はほっとした。
確かに今すぐどうこうしたいとまでは思わないが、せっかく両想いになれたというのに何もせずにこのまま終わりというのは流石にもったいない気がして焦っていたのだ。
自分ばかりががっついていたようでなんだか情けない。
「じゃあ電気消すねー」
「ああ」
部屋が暗闇に包まれると、カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが唯一の光源となった。
お互いの顔すら見えないほどの暗さだ。
「ねぇ、瞬ちゃん」
「なんだ」
「手、繋いでもいい?」
俺は返事をする代わりに左手を差し出した。
指先が触れ合うと、彗が控えめに手を握り返してくる感触があった。
(まさか彗がこんなにも奥手な男だったとは)
この歳になってこんなに初々しい恋愛をする事になるなんて思ってもみなかったが、彗とならそれはそれで悪くないかもしれない。
「ふふ、おやすみなさい」
「おやすみ」
こうして俺たちの長い1日は終わろうとしていた。
明日は早く起きて朝風呂に入ろう。
旅館の朝食も楽しみだ。
俺の側で楽しげに笑う彗の姿を想像すると、自然と口角が上がってしまう。
今までの時間を取り戻せるくらい幸せな日々を送れるといいな、と思いながら俺は目を閉じた。
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