一日目

1/1
前へ
/1ページ
次へ
妻とは演芸場で知り合った。 僕は大学で漫才研究サークルに所属していたほどのお笑い好きで、在学中にはNSCに半年間通っていたこともある。 妻は、自身の父親が落語家で、その関係でやはり彼女もお笑い好き。 父親や弟子の寄席を観るために演芸場に出入りしていた妻と知り合って三ヶ月で恋人関係にはなり、付き合いはじめて二年目の記念日にプロポーズをした。 そして三週間前に式を挙げたその足でハネムーンに行き、今日は新婚生活一日目。 仕事から帰る僕の足取りは軽かった。 愛しい妻に半日ぶり会えるだけではなく、僕には憧れているシチュエーションがある。 出迎えてくれた可愛い妻が 「ご飯にする?お風呂にはする?それともワ・タ・シ?」 と聞いてくるアレである。 これが楽しみで楽しみで仕方なかった。 マンションの部屋に到着し、 「ただいま」 と声をかけると、デニム素材のエプロンをつけた妻が小走りで駆け寄ってきて 「お帰りなさい。ご飯にする?」 と聞いた。 おおーーーー! やっと夢が叶った嬉しさで、どうにかなりそうだった。 そんな僕を他所に、妻は続けた。 「ご飯にする?ライスにする?それともお・こ・め?」 妻は芸人の娘なのだと改めて思った。 もしかしたら、妻の家ではこれが日常だったのかも知れない。 ちょっとガッカリしながら、妻の目を見て 「パ・ス・タ」 と答えた。 何か違うと思いながら。 これから僕は毎日、この大喜利に付き合わされるのだろうか。 だとしたら、少ししんどいかも。 部屋着に着替えて寛いでいると、いい匂いが漂ってきた。 ミートソースの匂いだ。 「お隣さんの実家がトマト農家なんだって。たくさんお裾分けしてくれたの」 そのトマトを使って、昼間、トマトソースやミートソースを作ったのだという。 憧れのシチュエーションとは違う毎日になりそうだけど、まあいいかと思った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加