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ムカつく友達
七瀬が急にスイミングに戻ってきた。
七瀬といるとお姉ちゃんといるようで、ムカつく。一歩引いた所で周りを観察してるような意地悪さ、その癖に負けず嫌いな所、同い年にしたお姉ちゃんがいるようで、イライラする。
七瀬は、サッカーの土埃で喘息が起きるから、スイミングに戻したと言っている。
「50mまた泳げるように頑張るね」
(良い子ぶらないで運動止めればいいじゃん?)
言いたいことを飲み込んだ。私は雨音がうるさい、送迎バスの、雨で水玉模様になった窓を見て、少しだけ視線を外して答えた。
「うん、一緒に頑張ろう。私なんて英会話サボったのママにバレて、スイミングに戻されて最悪~」
反応に困る七瀬の顔が、窓の雨の水玉模様と重なる。鼻の頭に汗をかいてる七瀬。車の窓の水滴をワイパーで拭うように、コイツの鼻を汗ごとワイパーで、ゴリゴリ全部削ってやりたい。
(真面目だと得するからやってるんでしょ?)
またひとつ、言いたいことを飲み込んだ。それなのに七瀬は意地悪を言う。
「お互い出戻り組だね」
(一緒にしないで、狙いがあってスイミングに戻ってきたんだから)
私は、適当に大嫌いなお姉ちゃんの話をして、早くスイミングスクールに着かないかなと、雨でまだら模様になった窓を見ていた。雨もお姉ちゃんも七瀬も全部大嫌い。
スイミングの帰りのバスの待ち時間。いせっちと呼ばれている、隣の小学校の伊勢野君から、如月直弥君が木曜日にスイミングに変えたと聞き出した。直弥君は地域の三校合同体育祭で見かけたカッコいい男子。いせっちは、バスの待ち時間に本ばかり読んでて殆ど喋らないし、つまらない。直弥君も前は火曜日にいたのに。
(ママがもう四年生だからスイミングを英会話に変えるって、勝手に決める方が悪い)
英会話がつまらないというより、ママが私のときもお姉ちゃんのときも、学年で区切るようにもう伸びないからおしまい、これからは勉強の習い事と勝手に線を引く。お姉ちゃんは中学一年生だからいいかもしれないけど、私は嫌だ。パパはママの決めた事に何も言わない。
お姉ちゃんはママに逆らうのが面倒だから、とりあえず決められた習い事はやってみる。ママを怒らせないように、真面目に練習をする。お姉ちゃんと同じ習い事をすると、嫌々遊び半分でやってる私がいつも怒られる。
「歩美が真面目にやるものって何もないよね!真剣になれないの?お姉ちゃんはちゃんとしてるのに、なんでいつもふざけてるの!」
ママのかんしゃく玉が爆発した。花火と違って汚い、茹で立てのカニの甲羅みたいなぼこぼことした真っ赤な顔。お姉ちゃんはそーっと、リビングから出ていって助けてくれない。ママとは反対に、つるりとしたお寿司の上のイカみたいな顔のパパが、テレビから顔を少しだけこっちに向けて言う。
「香美は香美、歩美は歩美なんだからそんなに怒らなくていいだろ」
「あなたは黙ってて!」
「またママのかんしゃく玉が始まったか。歩美、習い事多いんじゃないか?どれか一つしか出来ないとしたら何をやる?」
珍しくパパがテレビをチラチラ観ないで、私とママの方を見ている。お寿司のシャリの上にある、真っ白でつるりとしたイカの顔だったパパが、部屋の焦げ茶色のカーテンから起き上がるように、立体的なペールオレンジの顔になった。もう、肌はつるりともしていない、シワもシミもあるざらつきもある、人間の顔になってる。これは本気で答えないと不味い。
「スイミングがやりたい…戻りたい…」
本当の目的を喋ったら、ママのかんしゃく玉が連続打ち上げ花火になる。なるべく落ち込んだ顔をして、うつむいた。上目遣いのウソは、パパを騙せてもママは騙せないから。
「スイミングまでサボったら、習い事なしで塾に入れるからね!」
うつむいても、今日はママを騙せなかった。
「まあ、一つの習い事に集中させて様子を見ようよ、な?」
パパのとりなしにママは逆きにキレる。
「大体、あなたの将棋好きが高じて、香車で香美、歩で歩美なんて駄洒落みたいな名前にするから娘がこんなになるのよ!私は反対したんだからね!」
こんなって私はどうせ一番ショボい歩で、お姉ちゃんは香車だもんね。いつものパパならつるりとした白いイカに戻って引き下がる。でも今日は違っていた。
「歩は金に成れる。だから香美の妹で歩美にした。将棋の基礎も理解しない癖に、子供の前で言っていいことと悪いことをわきまえろ!」
パパってこんな大きな声が出るんだ。びっくりし過ぎて私もママも黙ってしまった。イカはイカでも、パパはダイオウイカなのかもしれない。海のラスボス的な…。
こうして私はスイミングに戻れるた。
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