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平日の昼間にかけてくるのは、とイオリは幾人かの客の顔を頭に浮かべながらディスプレイを確認し、通話を始めた。
「あんた。何やってんの?」
怒りに震えた姉の声が、耳に届いた。
「何って、クッキーを……」
「は?ふざけてるの?」
「別にふざけてなんて……」
「全部、大地から聞いたから」
その言葉で大地の事を思い出した。何故だか今の今まで彼の事を忘れていた。
「ああ。あの人、話したんだ」
「あんたねぇ、やっていい事と悪い事があるでしょお!」
金切り声が脳に響き、思い切り眉をひそめ周囲を気にする。
「声、うるさいんだけど」
「ふざけないでっ!」
ガシャン、と何かを蹴飛ばしたような音。
「今後一切、大地とは関わらせないから」
「うん。分かった」
「……もうあんたとは、縁を切る」
「分かった」
イオリが答えると姉は黙り、代わりに鼻を啜る音が聞こえてくる。
「なんで……なんでこんな事するのよぉ」
悲痛なその叫びは、イオリの胸をきつく締め付けた。
「ごめんね。お姉ちゃん」
口にした瞬間、通話はプツリと途切れる。
イオリはディスプレイの通話終了の文字をしばらく眺めてから、その腕をだらりと下ろした。
そのままよたよたと近くのベンチへ歩いて行き腰を下ろすと、重たくなった頭を抱え込む。
頭の中が雑然とし過ぎていて何も考えられなかった。
何をするのも面倒になってしまって、いっそこのまま何もかもが通り過ぎていってしまえばいいと思った。
するとそんな時「あの」と頭の上から声をかけられる。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると真面目そうな男がこちらを見つめている。
「あっ、はい。ごめんなさい、私……」
イオリは一度そこで言葉を止め、一瞬の逡巡の後、口にした。
「えっと。クッキー、お好きですか?」
キラリと銀色の指輪が光る男の薬指に、そっと触れながら。
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