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 三年前のあわやという事件を境に、手首を切るような事はなくなったイオリだが、理由もなく突然気分が塞ぎ込む日があるのは、二十五歳になった今でも変わらなかった。  目が覚ますと真っ先に耳に入ったのは雨音で、カーテンを開けてみれば空には分厚い雲がかかり、街並みは灰色。  気圧のせいか寝不足のせいか、体はダルく、頭痛がひどい。首の後ろから後頭部にかけ鈍い痛みがこびりつき、めまいと吐き気もあった。  何をする気にもなれず、ベッドに横たわったまま、ぼんやりとスマートフォンを眺めていたが、やがてそれすら苦痛に思い始めた。  そのまま動く事なくただただ暗い考えを循環させ、食事も取らぬまま夕方を迎えると、刻々と近付く仕事の時間にますます気分が落ち込んでいく。  少しでも気分の回復をはかろうと、半ば投げやりな気持ちで店に欠勤の連絡を入れるも、それが不甲斐なさを呼び寄せて、却って自分の首を絞める羽目となる。  泣き出したくなる胸の痛みを感じたまま、それでも瞳は乾ききっていて、手首に残った過去の過ち眺めたり指でなぞったりとしていると、玄関のチャイムが鳴った。  居留守を決め込もうと思うが、何か注文していたかもしれないと、頭に過る。買い物は専らインターネットで済ませていた。手元に届いてから注文していたのを思い出す事も珍しくない。この気持ちを救ってくれるようなものならいいのだが。
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