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「綿あめ」
「ソフトクリーム」
「ソフトクリームってなんかよく言われてる気がするけど、実際あんな不格好なソフトクリームなくない?」
「それ言うなら綿あめ作ってる人にも謝ってよ」
頭からタオルを被ったミチカの口調は鈍い。炎天下に圧し潰されかけているかのように、のそりとした視線が私をちらりと見た。
部活のTシャツが白い色で良かった、などとはもはや気休めにもならない。運動部でもないのに汗でぐっしゃぐしゃのシャツが、背中にへばりついている。
部室の空調が突然故障し、顧問はあれこれと操作パネルを弄繰り回した挙句、我々部員に告げた。
「解散!」
こうして、我々はめでたく炎天下のもと、家路へとついたのである。
私とミチカの家は隣同士で、小学校・中学校はもちろん、まさかの高校まで同じだったとは入学前の準備でお互い明らかになった経緯がある。
進路の話などしなかった。あまりに身近過ぎて、なにがどうあっても私たちの間に影響などない、なんて思っていたのかもしれない。
だが、それは目に見えているものだけの話だったのだ。
我々が歩いている道は高台にあり、眼下には小さな屋根が並んでいる。灼けよとばかりの太陽光に、家々の屋根が微妙に揺らめきながら光っていた。
その先には青い海が広がっていて、そうして今しがた、我々が話題にしていた白い姿ばかりの物体が横たわっている。
入道雲。またの名を積乱雲。夏の代名詞のような雲。
緩やかな下り坂をてくてくと歩きながら、ミチカと私は言葉も少なく白い影を見ていた。
暑いのだ。人の体温を越えた気温の中を歩いている。お風呂のお湯の中を歩いているようなものだ。
「幻覚でも見えそうな気温」
「見てる。今、目の前」
思わず呟いてしまった言葉を、ミチカが手際よく拾う。細く小さな顎が、ひょいと振られた。
目の前─── 大きな白い入道雲。
「雲だが?」
「あんなもの、あそこにない」
暑さで脳みそでもやられてしまったか。
私が無言でミチカのタオルの中を覗き込むと、私の行動にか暑さにか、げんなりとした表情が返って来た。
「光の反射で白くもわもわとしているように見えてるだけ。
正体は水と氷の粒って言ってんの」
「ああ……」
ミチカの言っていることがようやく理解できた。
幻というには、実体を持ち過ぎているとは思うけれども。
見えているだけで甘くもなければもふもふともしていない。近づけば見えないし、触れもしない。
近すぎて、見えていなかった。
高校も折り返しの夏。
海の先を見るように、我々も未来を少し覗かなければならない時間が来ていた。
そうして、ミチカは─── 島を出て本土の学校へ進むという。
そんなことを話したこともなかったので、私はびっくりした。
彼女がこれからも島から出ないなど、誰が約束したのだろう。
目の前にありすぎて、見えていなかったのだ、ミチカという友人を。その正体を。
「しかし、でっかい雲だなあ」
「海の上だからね。よく育つんでしょ」
雲の正体は水だ。材料がたっぷりとあると彼女は言っているのだろう。
少し理屈っぽいミチカが生み出す作品は、思った以上にファンタジックだ。柔らかく、優しい色をした世界を額縁に収める。
彼女が理解した世界を、彼女の目を通して起こしたもの…… なのかもしれない。
海の向こう、遠く離れたミチカは、私にはどんな姿に見えるだろうか。それは雄大で白く、柔らかな手触りのように見える気がした。
「ねえ、三好屋に寄ってアイス食べよ」
私は空元気に提案し、鞄を提げていない方のミチカの腕を取る。
雲でも水でもないミチカの腕は、汗でつるりとして、心地よく冷たかった。
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