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―――心優が帰る時はいつも俺に一言を言ってから。
―――今まで報告なしで帰ったことは一度もなかった。
―――だから今回は何かあったはずだ!
走って追いかけていると複数の女性の声が聞こえてきた。 思わず足を止め聞き耳を立ててしまう。
―――何だ?
―――楽しそうな声には聞こえない。
―――何か真剣な話でもしているのか?
―――それにあの人たちの後ろ姿、どこかで見たことがあるような・・・。
颯は物覚えがいい方ではないが、ホストとして記憶能力を高めようと努力はしてきた。 特に女性客の外見の変化には俊敏に対応しなくてはいけない。
「ねぇ、いつまで颯くんに付き纏うつもり?」
「そうよ。 アンタは月に数回しか顔を出さない安い客でしょ?」
「高価なお酒も頼まないで。 何をしにお店へ来ているわけ?」
―――俺の話?
自分の名前が聞こえれば聞かずにはいられなかった。
「颯くんはみんなのものなの。 だけどアンタが来てから颯くんは変わり始めた」
「颯くんはアンタにばかり目をかけているじゃない。 どういうこと? 一体颯くんに何をしたの?」
「颯くんの長所は多くの人と平等に接することなの。 それをぶち壊すなんて一体何様?」
―――アンタが来てから俺が変わり始めた。
―――俺はアンタにばかり目をかけている、って・・・!
その言葉から思い当たるのはここ最近の心優との関係。 そして、あれ以外に心当たりがないとすれば、女性たちのターゲットが誰かは見るまでもなく分かった。
「・・・ッ! 心優!!」
「え? 颯くん!?」
周りの女性たちも颯を見て驚いていた。 一方の心優は辛そうに視線をそらしている。
「貴女たちは一体ここで何をしているんだ? いくら店の外だからといって、こういったことはルール違反だ!!」
「颯くん! どうして彼女ばかりを贔屓するの!?」
「そうよ! 颯くんは私たちを一切依怙贔屓しない。 みんな平等に接してくれるところが大好きだから、颯くんを一番に応援しているのに!!」
それらの言葉に自分でも驚く程落ち着いた声音で返答した。
「・・・それは俺が彼女を気にかけているからだよ」
「「「ッ・・・!」」」
その言葉に心優も驚いていたようだった。
「人を気にかけて何がいけない? 人を好きになって何がいけない? 人を好きになる感情は自然と芽生えるものなんじゃないのか?」
「そうだけど・・・」
「好きな女性には特に目をかけてとびきり優しくする。 俺が人たらしであろうがなかろうが誰だってすることだ」
「さっきも言ったけど私たちは人たらしな颯くんが好きなの。 一人を贔屓するようならもう指名はしないわよ?」
「別に構わない。 俺はナンバーワンを特別に狙っているわけではないし支障もない」
「そんな・・・」
「とりあえず今後は俺はもう貴女たちのテーブルへは行かないと思う。 見る目が変わってしまった以上、仕事としてでも通常通りに対応することができないから」
何も言えなくなっている女性たちに言った。
「でも安心して。 このことを店のメンバーに告げ口をしたりはしない。 勝手に贔屓を始めた俺が悪いのは確かだから」
そう言って軽く目を伏せた。
「それに期待を裏切ってしまったことにも申し訳ないと思っている。 彼女を非難した以外は貴女たちは何も悪くないから」
そう言うと女性たちは離れていった。 何も言わなかったのは、颯に指摘され自分たちの間違いに気付いたためだろう。 彼女たちも悪気があったり悪意を持って心優に言い詰めたわけではなかったのだ。
お客さんとして接していて嫌な気持ちにさせられたことなど一度もなかった。 そんな彼女たちがこういった行動をとってしまったのは、やはり自分のわきの甘さに問題があったと思った。
とはいえ、彼女たちに言った言葉に嘘はない。 心優を好きになった自分に嘘をつく気もない。 それなのに心は何故かモヤがかかったように曇っている。
それを晴らすためか息を深く吐き、二人きりになり心優に向かって手を差し出した。
「行こう」
だが心優は首を横に振っていた。
「心優?」
「助けてくれてありがとう。 ・・・でも私はもう颯くんとは一緒にいられない」
心優は震える声でそう言った。
「どうしてだ?」
「・・・私が好きになった人はみんな死んでいってしまうから」
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