ホストの贔屓日和

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心優との出会いはホストがきっかけというわけではなかった。 半年前のこと、仕事を終えた颯は帰路へ就いていた。 ホストとしての仕事に慣れ、自分はホストとして十分にやっていけると自信もついた。 それが裏目に出たのか客の無理な提案を丸ごと飲み込んだことを後悔した。 足元はふらつき視界はぼやける。 典型的な飲み過ぎの症状だ。 ―――成績を意識し過ぎた・・・。 ―――酒には強い方なのにな・・・。 ―――でも、これで初のナンバーワンを取れるかもしれない。 久しぶりに気分を悪くし、それでも少しずつ足を運ぶ。 こんなところを店のお客さんにでも見られるとマズいため、人通りの少ない道を選んだつもりだった。 だがそれでも流石にマズいと店に電話しタクシーを配車してもらおうと思ったのだが、揺れる手はスマートフォンを落としてしまう。 ―――しまった、借りものだっていうのに。 スマートフォンが落ち液晶が割れるイメージが頭の中に広がり、しかしそれは現実にはならなかった。 「・・・あの、大丈夫ですか? 気分悪そうだと思って声をかけようと思ったのが幸いでしたね」 落ちかけたスマートフォンを華麗に受け止めた声の主から声がかかった。 これが心優との出会いだ。 顔を上げると彼女は驚いた顔を見せる。 「顔が黄土色してますよ!」 「あぁいや、俺は大丈・・・」 「大丈夫じゃないですよ! ちょっとここで座って待っていてください!!」 ―――何か慌ただしい人だな・・・。 ―――ホストは大体こうなのに。 そうして彼女は慌てて離れると数分して戻ってきた。 「これをどうぞ。 今そこで買ってきました」 そう言ってペットボトルの水を渡してくれた。 それを見て財布を取り出そうとする。 「あー、ありがとうございます・・・。 えっと支払いを・・・」 「そんなものいりません。 ただ私が貴方を助けてあげたいと思っただけなので」 そう言われ素直に受け取ることにした。 少し休み気分が楽になったため座れる場所を探し二人はベンチに腰を下ろした。  「落ち着いてきましたか?」 「はい、ありがとうございます。 お姉さんの名前は?」 「心優って言います」 「俺は颯。 心優さんはこんな夜遅くにどちらへ?」 「これでも仕事帰りなんですよ。 介護の仕事をしています」 「介護の?」 「はい。 だから困っている人を見かけたら放っておけない性格で」 「そうなんですか。 似合いますね、介護」 「そうですか? そう言ってくれて嬉しいです。 颯さんは夜まで飲み会とかでもされていたんですか?」 「あー・・・」 自分も仕事帰りだと言いにくかった。 恥ずかしいわけではないが、介護職と聞いた後にホストと言うのは何となく嫌だったのだ。 「もしかしてホストさん?」 「ッ・・・。 どうして分かったんですか?」 言い当てられ気付くと肯定していた。 「雰囲気ですかね? それに顔色は悪かったんですが、化粧をしているのは分かりましたし高そうな香水の匂いもしました。 若いだろうし、無理はしちゃ駄目ですよ?」 「若いと言っても21ですよ。 二十歳を越えればもうおじさんです」 「おじさんって・・・! 私よりも若いのに・・・ッ!」 聞くところによると心優は24歳だそうだ。 「心優さん、若く見えるから年下かと思ってしまいました。 すみません」 「いえ、よく頼りなさそうって言われるので・・・」 「そういう意味じゃないんですけど・・・」 「ふふ」 話していて嫌な気がしなかった。 悪かった気分も大分落ち着いてきている。 「・・・あの、一つだけ聞きたいことがあるんですが」 「何ですか?」 「ホストと聞いて俺に嫌な印象を抱きませんでしたか?」 尋ねると心優は首を傾げる。 「うん? どうしてですか?」 「いや、そう思う人が多いから・・・」 「嫌な印象なんてありませんよ。 ホストになる方は大抵の人が夢のために働いているって聞きます。 それって素敵なことじゃないですか」 一般的にはそれは間違っていなかった。 ただ金持ちになりたいというだけで働いている人は颯が働いている店ではほとんどいない。 将来店を開くためにお金を貯めている人や、家族を養うために働いている人もいた。 だが颯はそうではないため少し気まずくなる。 ―――でも心優さんはホストの事情を理解してくれるとてもいい人だ。 ―――だからそこまで身構えなくてもいいのかもしれない。 そう思ったのも束の間、心優は突然確信をついてきた。 「颯さんの夢って何ですか?」 「ッ・・・」 「答えたくなかったら無理には聞かないんですけど」 その言葉に視線を落として言った。 「・・・俺には夢がないんです」 「・・・え?」 「俺はホストをしながら大学にも通っている大学生です。 まだ将来は明確には決まっていません」 その言葉を心優は受け止めてくれた。 「大学生ならまだ将来が明確じゃなくてもいいんじゃないですか?」 「そうですかね・・・。 でもそろそろ決めないと」 「ならどうしてホストで働こうと思ったんですか?」 「・・・働きたい場所がなかったから試しにどこかで働いてみようと思ったんです。 実際に働くと夢が見えるんじゃないかと思って。  ただ働くにしてもせめて自分の長所を生かせるところがいいなと思って、相手問わず話をするのが好きなのでホストを選びました」 夢がないからホストへ入った。 そう言うと軽蔑されてしまうのかもしれない。 それでも心優になら話してもいいと何故か思えた。 そうして心優は笑ってこう言った。 「自分の長所を生かせる仕事って素敵じゃないですか。 ホストを選んだこと、間違っていないと思いますよ」
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