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ホストの贔屓日和
アルコールとタバコの臭いが漂う薄暗い空間。 男と女の視線が艶やかに混じりグラスの音が鳴る。 それを合図にするように颯(ハヤテ)は席を立った。
「時間だから抜ける。 得意さんだから頼んだぞ」
「分かりました!」
21歳の颯はホストで働いている。 現在大学に通う三年生で、これでも店の人気ナンバーワンなのだ。
―――ホストを始めてもう二年。
―――どうしてここまで上がってこれたのか自分でも不思議だな。
ホストにはそれぞれのキャラがあることが多い。 ビジュアル系・ワイルド系・お笑い系・癒し系・爽やか系など様々だ。 だが颯はどの分野にも属さないがそれでもナンバーワンの変わったホストだった。
―――もう日付は回って閉店まで一時間を切った。
―――ラストスパートだ。
鏡の前で化粧のチェックを簡単に済ませ、気合を入れ直す。 手洗いで抜けた颯が次の席へ移ろうと店内を観察していると、気分を悪くしたのかしゃがみ込んでいる後輩を発見した。
「大丈夫? 気分悪いのか?」
「颯、先輩・・・。 はい、すみません・・・」
「ここで待ってて」
急いで水を汲み後輩に手渡した。
「これを飲んで休め」
「ありがとうございます・・・。 でもそろそろ表へ出ないと・・・」
「俺が代わりに付いてやるよ。 どの席だ?」
「5番テーブルです・・・」
「分かった。 身体をちゃんと休ませておくんだぞ」
「颯先輩、いつもありがとうございます・・・」
「いいって。 今日はもう無理すんなよ」
代わりに引き受け戻ろうとすると、メンバー同士が会話しているのが耳に入った。 自分の仕事を終えたのか普通に談笑している。
「好きな人ができた、だって?」
「はい・・・。 どうすればいいんでしょう?」
―――恋愛相談か・・・。
「別にホストは恋愛禁止とかそういう決まりはないんだ。 頑張ってみればいいじゃないか」
「相手とはもう大分打ち解けて、すぐにでも付き合えそうなんです・・・」
「ならいいじゃないか! 何が不安なんだ?」
「実は、彼女はとても嫉妬深くて・・・」
「あぁ、なるほどな・・・。 ホストの天敵か」
颯はその会話を聞きながら後輩の担当していた客の前へと座った。 お客さんに一人で付いていたというわけではなく、もう一人若いホストが相手していた。
「カイの代わりに来たよ。 悪いんだけど、俺の相手してくれる?」
「ハヤテくんがウチのところへ来てくれるなんてチョーレア! ちょっと無理して飲んでくれたみたいだったから、後で謝っておいてくれるかな?」
「もちろん。 まぁ、そんなことを気にする俺たちじゃないから存分に楽しんでいってよ」
後輩のことは気になるが、体調を悪くするのは稀な話ではない。 こういったことはしょっちゅうあって、特にホストを初めて若い人間は自分のキャパシティを掴んでいないことが多いのだ。
15分程たった頃、先輩から声がかかる。
「颯ー! 3番テーブルのお客様がお前と話したいって言うから、少し顔を出してやってくれー」
「分かりましたー!」
ホストは基本的に永久指名で一度指名をすると途中で変えることはできない。 お金のトラブルを避けるためだ。 だが颯だけは颯の意志で他のテーブルに顔を出すことをOKにしてもらっていた。
「あ・・・」
3番テーブルへ向かおうとしたところで一人の女性が目に入った。 7番テーブルにいる小柄な女性だ。
―――来ていたのか。
「あ! 颯くん!」
名は心優(ミユウ)といい彼女も颯のことに気付くと笑顔で手を振ってくれる。 咄嗟に近くにいるメンバーに声をかけた。
「なぁ、悪い。 9番と1番と3番テーブルにおもてなしを頼む」
「はい! って、え、そんなに!? 俺がですか!?」
「誰か口出ししてきたら俺から言われたと言えば大丈夫だ。 頼んだぞ」
後輩に任せると7番テーブルにいる心優のもとへと向かった。
「少しだけ彼女と二人きりにしてくれ」
「分かりました!」
そう言って指名されていたホストを離れさせた。 こういったこともナンバーワンで特別扱いの颯だからできることだ。
「いいの? 颯くんも指名が入っているんでしょ?」
「いいんだよ。 俺が来たかったからここへ来たんだ」
「そうかもしれないけど・・・」
「今日も仕事帰り?」
「うん、さっき来たところなんだ。 ラストオーダーギリギリだったよ」
他の大切な客を無視してまで心優のもとへと向かった颯。 本気になってはいけないのに颯は気付けば心優の魅力に引き込まれていた。
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