第七章 従順な俺

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「帰るぞ。車に乗りなさい。」 俺はその命令に従うしかなかった。 自分が約束したことだ、何をどう暴れようと受け入れられるわけがない。 せめてもの思いで後部座席に逃げようとしたが、父親はそれを許さなかった。 助手席で俺の咄嗟に出る動きで判断しながら尋問をするつもりなのだろう。 相手は警察だ。 俺が隠そうとも、隠しきれないものを読み取られることもある。 それを狙っているのだろう。 助手席に乗り、シートベルトをしたことを確認して、父親は車を出した。 「何故バイトを辞めなかった。」 「働きたかったからです。」 「何故だ。」 「独り立ちをしたくて。」 「何のために。」 「少しでも、自分の力で生きたかったからです。」 「高校生のお前に何が出来る。そんなものに時間を割くぐらいなら勉強をしろ。来年が大学受験なのが分かっているのか。」 「分かっています。だから、勉強もしています。」 「その割には遊びに行っているじゃないか。しょっちゅう。あんな田中京介や多田和親みたいなろくでもない不良と遊んで、情けない。あんな奴らに感化されるなと言わなかったか。」 「2人はろくでもなくありません。立派な人たちです。」 「補導をされるような奴らが立派だと?ふざけるのも大概にしろ。やはりあんな高校に行かせるべきじゃなかった。遅刻も欠席もアイツ等のせいだな。」 「違います。それは全て自分が悪いんです。二人は関係ありません。」 「今まで出来ていたことが出来なくなったのはアイツ等とあの学校のせいだろう。自分の意思も貫けないなんて情けない。たった1年半でここまで毒されるとはな。恥を知れ。」 「何故そこまで言われないといけないんですか、あなたに友達を侮辱される筋合いはありません。」 そう反論した俺の頬を、親父は容赦なくぶった。 頬に痛みが広がり、悔しさに唇を噛み締める。 「誰に向かってそんな口を聞いている。目を覚せ。お前が目指す場所はあんな低い場所ではない。私の言うことを聞いていれば間違いはない。」 俺はもう、それ以上反論はしなかった。 何を言っても無駄だと思ったからだ。 俺がどれだけ意見を言おうとも、どれだけ足掻こうとも、父親は絶対俺を従わせる。 何が何でも、監禁してでも。 それなら、俺はもう従えばいい。 これ以上足掻いたところで何も変わらないのだ。 もう、あの場所に帰ることはできない。 どんなに望もうとも、もう京介たちにも颯斗たちにも会えない。 俺はもう、父親の駒として生きる未来しかないのだから。 これ以上足掻いて苦しんで痛みに耐えても、何も変わらないのだから。 それなら少しでも苦しみも痛みもないように生きるしかない。 俺の夢は費えたのだ。 結局、足掻く勇気も持てないまま、従うことしかできない。 こんなことになるならば、抗わなければ良かった。 こんなにも苦しくて辛くて胸が張り裂けそうなほど痛いのならば、抗わずに従っておけば良かった。 井の中の蛙大海を知らず。 昔の俺はまさにその言葉通りだったのだ。 その中で俺は生きていくべきだった。 中途半端に羽ばたいたが故に、外を少しだけ味わってしまったがために、何倍もの苦痛になって俺の元に返ってきたのだ。 知らなければ、最小限の苦痛で済んだのに。
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