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訪れる
昼過ぎに戻ってきた桐生は慌てていて、運命の番に逃げられたと言った。
部屋に残して行ったが、仕事に出ている間に相手はどこかへ行ってしまったらしい。
「待っているように伝えたんですか?」
「……」
「名前は?」
「……」
「仕事は?」
桐生はソファーに座って項垂れているだけで返事をしない。
なんてことだろう。桐生は運命の相手の何も聞いていなかった。
分かっているのは、『ユキ』という名前と男といこと。それと、昨日のパーティーの出席者ということだ。
「確かに運命の番だったんだ」
桐生はいうが、「僕もそれは分かりました」と返事をするとパッと顔を上げた。
「あれだけの香りがすれば僕だって分かります」
納得したということじゃない。
あの相手が運命の番ってことは分かったってことだ。だからすぐに番を解消していいってことじゃない。
桐生がいなくなったと僕に電話をかけてきて、部屋に押しかけてきて訴えられて、落ち込んでた僕なんてお構いなしに狼狽して……。
「自分でなんとかしてくださいよ」
いくらなんでも運命の相手探しに振ろうとしている相手に探せとは薄情だ。
「分かってはいるが……」
桐生はため息をこぼす。
「ほら、午後も仕事ですよ」
「分かっている」
桐生はゆっくりと立ち上がると、「あの部下はいまいち使えない」と苦言を言った。
「急に僕が休んだからですよ。優秀な第二秘書ですよ」
言い返すが、「お前がついてきたらいいだろう」と言われて、「僕が番だからと甘えないでください」と意地悪を言った。
「お前は優秀な俺の秘書だ」
番であり、秘書。それが僕のポジション。
恋人同士だったことはない。ずっと、ずっと、友人で秘書。
「分かっているなら優秀な秘書でいられるように時間をください。明日は仕事に戻ります」
桐生の背中を押す。この広い背中はもう僕のものじゃない。
追いかけてきた背中はもう僕が追いかけるものじゃない。
切り替える時間が必要なのだ。長い片思いが終わったのだから。
「明後日にはアメリカに帰りますよ」
滞在は短い。
「それまでに見つかるといいんだが」
「運命の番は引かれてあって出会う運命です。本当に運命ならまた出会うでしょう」
努力しなくても、出会ってしまえば引かれあう。そして惹かれ合う。
桐生は部屋から出ると廊下には第二秘書がオロオロしなが待っていた。
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