10『初めてのアルバイト』

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10『初めてのアルバイト』

くノ一その一今のうち 10『初めてのアルバイト』  「拘束時間を考えると、けしていいギャラじゃないけどね……」  後ろの座席で一緒になった金持ちさんが呟く。 「そうなんですか?」  全部合わせても一時間程度の撮影時間で5000円のギャラと聞いていたから、ちょっと意外。  近ごろの時給は、高校生のバイトで1200円くらいだから、5000円稼ごうと思ったら四時間働いても稼げない。それが一時間の拘束で頂けるんだから、わたし的には文句ない。  そう言うと、金持ちさんからは大人の答えが返ってきた。 「こうやって、車で往復する時間も入れると、拘束時間は6時間。撮影によっては10時間超えることもあるからね。そうすると、時給は500円くらいに目減りする。コンビニのバイトだったら、同じ時間拘束されて倍くらいは稼げるよ。牛丼の深夜シフトだったら三倍ってとこよ」  さすがは経理担当!  初めてのバイトは、ドラマのエキストラ。それも、女子高生の役で、ギャラが5000円だから、ウキウキしていた。 「ええと、そろそろ現場に着くけど、長丁場になるかもだから、水分補給とかには気を付けてください。ぶっ倒れても、治療費は自分もちですからねぇ」  アハハハハ  金持ちさんの注意で、ミニバスの中に笑い声がおきる。  事務所から来てるのは、わたしを入れて四人。他の十人ちょっとはバイト。わたしもバイトなんだけど、今回限りの募集で来た子たちなんだとか。 「あ、カマプロの特装車!」  バイトの一人が身を乗り出した気配。  でも、あたしの前にはヌリカベのごとき力持ちさんが座っていて見えない。 「詳しい子がいるんだ……」  金持ちさんが呟いて、横を通過した時に見えたのは、街をよく走ってるSUV的な車。後ろ半分の窓がスモークになってる以外は特徴が無い。 「ナンバーで分かるみたいよ。鈴木まあやだね」  鈴木まあや!?  あたしでも知ってるアイドル俳優。スマホのCMに出たのがきっかけで、最近はドラマにも出ているらしい。 「知らなかった? 今日の仕事はまあや主演の学園ドラマだよ、タイトルは……アハハ」  笑ってごまかす金持ちさん。  エキストラってのは、仕出しとか通行人とか呼ばれる台詞無しの役。ゲームで言えばNPCで、制作側から言うと大道具や小道具と大差はない存在。だから、元受けに台本なんか渡されないから、社員の金持ちさんが知らなくても不思議じゃないそうだ。  ロケ場所は廃校になった高校。まあ、学園ドラマだからね。 「え、力持ちさんも出るんですか!?」  スタッフさんから、衣装の制服を受け取ってる彼女を見てビックリした。 「まあ、見てな(^▽^)」  ニコニコ笑顔で校舎の陰に入って三十秒……たってビックリした!  首から下をスケールダウンした中肉中背の女子高生が出てきた! 「え、ええ!?」 「オレね、全身の関節動かして体形が変えられるんよ」  全身の関節……いや、もう細胞レベルで変身してるって!  むろん金持ちさんも衣装着てるし、嫁もちさんもウィッグ付けてるんだろうけど、普通に女子高生に見えてる。  あたしは……あんまり変わらない。  微妙には違うけど、自分の学校と同じタイプのブレザーの制服だし、エキストラだから、メイクとかもしないから、もうほとんど日常。  シーンは五つ。  登校風景と下校風景、校内を歩きながらのカットが二つ。  もう一つ……これが問題だった。  主役の鈴木まあやの階段の踊り場のカット。  まあやが敵役の子と言い争いになって、突き飛ばされた勢いで階段を転げ落ちるシーン。 「え、スタント間に合わないの?」  スタッフから耳打ちされて、監督が飛び上がった。 「来る途中で事故ったらしいよ」  金持ちさんが、薄く笑いながら耳打ちしてくれる。  鈴木まあやはアイドル俳優だから、階段を転げ落ちるだとかの危険な演技は、吹替のスタントマンがやるらしい。  監督たちが話しているのに注意すると、どうやら、別に日程を取らなければ撮影できないみたい。 「まあやは売れっ子だから……」  別に日程をとるのは不可能らしい。 「ちょっと、百地さ~ん」  助監督さんが、ヘタレ眉の顔を金持ちさんに向けてきた。  ヒソヒソヒソ…… 「うちがスタントやっちゃまずいでしょ」 「ですよねぇ(^_^;)」  頭を掻いて引き下がる助監督。  うちなら、階段落ちぐらい簡単だと思うのに、ちょっと不思議。 「こういうのって、縄張りがあってね、普通のダクショ(芸能事務所)がスタントの領域侵すのはマズいのよ」  大人の世界は難しい……と、今度は監督自らやってきた。  態度のデカそうな監督だけど、金持ちさんの前に来てサングラスを取った顔は、意外にチープ。 「ギャラはしっかり出すからさ、Jアクション(スタントのプロダクションらしい)がやったってことで引き受けてもらえないかなあ」 「う~ん……あとで揉めると、弱小プロの百地としては……」 「だったらさ、こういうのでは……」  嫁もちさんが割り込んで、三人でヒソヒソ。 「「「じゃ、そういうことで」」」  数分顔を突き合わせて話がまとまって……え、なんであたしの顔を見るの? 「うん、ソックリだ!」  モニターを見て、監督が大きく頷く。  まあやと並んだ後姿、斜め後ろ、真横、下からのロング……数パターンをテストで撮ってみると、我ながらまあやとソックリ。  撮影中に、まあやの歩き方とか動きの癖を見ていたんだけど、いざ、やってみて、こんなに似ているとは思わなかった。 「じゃ、まあやが突き飛ばされるところから、テストいきます」  5……4……3……2……  1は発音しないで、監督の手が振られる。    あ、あああああ!  グラリ ドスン ドスン ゴロゴロ……そう言う感じで階段を転げ落ちる。  突き飛ばされるところから、シームレスのノーカットだから吹き替えに見えない。  敵役とまあやの顔がカットバックで四回、二人横向きの睨み合いが同じフレームに入って、突き飛ばされて転げ落ちる。そこまでワンカット。 「はいOK!」 「監督、ちょっと」  カメラの後ろにいた白髪頭のスタッフが手を挙げた。 「なに、多田さん?」  監督がさん付けで呼ぶ、ベテランさんのようだ。 「いいんだけど、Jアクションの役者には見えませんよ」 「あ、Jアクションはここまで似てないかぁ……」 「照明変えて撮りなおせませんかね、トッパナのとこをシルエットぎみにしたらいけると思います」 「でも、一瞬のカットだから」  金持ちさんが手を挙げる。初めてのバイトでスタントの撮り直しはきつすぎると思ってくれてるんだ。 「わたしなら、いいですよ。今のでいいならやれます」 「そう、じゃあ、お願いしようか。無理言ってごめんね……百地芸能の……」 「風間そのです」 「ああ、そのちゃんそのちゃん(^_^;)、じゃあ、照明変えて、もうワンテイク!」    照明を手直しして、すぐに本番。ラッシュを見た監督がOKを出して、無事に撮影が終わった。 「ごめんね、そのちゃん、僕のせいで撮り直しさせて」  多田さんが頭を掻きながらお詫びしてくれる。多田さんは照明のトップのようだ。  ぺーぺーの仕出しにもキチンとしてくれて好印象。 「いいえ、お役に立ててよかったです」  照れたような笑顔が返ってくる。  監督よりも印象が良かった。 ☆彡 主な登場人物 風間 その        高校三年生 風間 その子       風間そのの祖母 百地三太夫        百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁もち・お金持ち 鈴木 まあや       アイドル女優
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