6『百地芸能事務所・1』

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6『百地芸能事務所・1』

くノ一その一今のうち 6『百地芸能事務所・1』   ほう……きみが風間本家二十一代目か……  たっぷり十秒ほどかけて、変態さんみたいにジロジロと社長が見る。 「あの……紹介状と履歴書……」  視線に耐えられなくなって、二つの封筒を社長机に差し出す。 「これはご丁寧に……」  封筒を手にすると、そのまま二秒間ほど見て、封も切らずに引き出しにしまった。 「あ、あの……」 「大事なことは、封筒の方に書いてあるんだ。忍者にしか見えない字でね」  ほ、ほんとかなあ……。 「十七歳で覚醒……その子さんは『遅咲きではあるが、開祖に劣らぬ力を秘めている』と書いている」 「え、そうなんですか?」 「だから、よろしく鍛えてやってくれと結んでいる」  そ、そうか……ここ何日かのニャンパラリンとか、自分でもビックリするくらいの能力だもんね。 「というのは時候の挨拶の書式みたいなもんだ」 「え?」 「あるだろう『謹賀新年』とか『新緑の候、貴兄におかれましては、益々ご清祥のことと存じます』とか、『新緑の野山に萌える今日この頃』とか『転居いたしました、ご近所にお運びの節はぜひお立ち寄りください』とか」 「え、あ、そうなんですか?」 「その行間に滲むものが本題なんだが……まあ、それを明かすわけにはいかんがな。取りあえず風魔その。今日から君は、百地芸能事務所のアルバイトだ」 「はい!」 「申し遅れた、わたしは百地芸能事務所社長の二十代目百地三太夫だ。呼び方は社長でいい」 「はい、社長!」 「うちはアクションとか殺陣とかを中心とする芸能事務所なんだがね、それだけでは食っていけないから、舞台やテレビの仕出しや着ぐるみショーとか、それに類する各種業務もやっている。そのはまだ高校生だからシフトは考慮する。考慮するにあたっては、ちょっとテストをやっておきたい」 「はい」 「これに着替えて、この地図に沿って歩いてきてくれ」 「歩いて、どうするんですか?」 「途中に課題を仕込んである、いくつこなせるか。こなし方も含めてのテストだ」 「は、はい」  倉庫兼用の更衣室で着替えて事務所の外に出る。衣装は事務所のロゴが入ったジャージ。渋いダークグレーかと思ったら、元は黒だったのが色褪せてるだけで、片方の膝と肘にはツギがあたってるし、すごい石鹸のニオイするし(;'∀')。  まあ、石鹸のニオイがするってことは、いちおう衛生には気を遣ってるんだと納得しておく。  でもね、足もとが地下足袋。  地下足袋ってのが世の中に存在するのは知ってたけど、見るのは初めてだし、むろん履くのは初めて。  地下足袋って踵が無いんで、ちょっと違和感。地面に足の裏全体がペタンとくっつく感じ。    地図を見ながら南へ……古本屋さんが並んでる通りに出る。  普通のお店って、本屋さんでもエアコンとかあるからドアが閉じてるとこが多いんだけど、古本屋さんは、どこも開けっぴろげ。開けっぴろげと言っても、商店街の八百屋さんとか魚屋さんてほどじゃない。たいていガラスの向こうにいっぱい本が積んであって、表にも本棚やワゴンが出てて、その隙間みたいな入り口が開きッパになってる。  チラ見すると、ワゴンには税込み百円均一で文庫なんか並んでる。新刊で七百円も出して買ったラノベが百円。なんか悔しい。  いっしゅんゾワってした!  思わず身構えると、お店の中から本が飛んできた!  ブン!  鼻の先五ミリくらいのとこを、ごっつい外箱の付いた本!  すぐ横を反対方向に歩いていた人が、キャッチして、そのまま歩き去っていく。  おっかねえ!  気を取り直して歩き出す。  シュッ! シュシュッ! ブン! ブン! シュシュッ!  なんと、二三軒おきぐらいに本が飛び出してくる! 大きさはさまざまだけど、みんなケースに入ってて、当たったら気絶してしまいそう。打ちどころ悪かったら死ぬよ!  シュッ! シュシュッ! ブン! ブン! シュシュッ! ブン! ブン!  気が付いたら、全力ダッシュで古書店街を駆け抜けていた。 ☆彡 主な登場人物 風間 その        高校三年生 風間 その子       風間そのの祖母 百地三太夫        百地芸能事務所社長
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