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彼女は開院以来ずっとこの病院に勤めていて、年齢は四十五歳。既婚者で、高校生の双子の男の子がいる。息子たちが服をすぐ汚して帰ってくると愚痴っていた頃が懐かしい。
杏のことを幼い頃から知っていて、娘が欲しかった志乃にとって、杏はまさにそんな存在といえる。
杏にとっても志乃は母のような存在で、初めて生理がきたとき、相談したのも志乃だったし、結婚が決まったとき一番に報告したのも彼女だった。
「ありがとう、志乃さん。お邪魔します」
「ううん、ごゆっくり」
志乃と他愛もない会話をし、院長室へと向かう。ここに来るのは、恐らく一か月ぶり。テストや、大知のことで悩んでいたこともあり、なかなか帰ってこられなかった。
コンコンとノックし、院長室のドアを開ける。するとすぐ、明がくるりと椅子を回転させ、こっちを見た。
「杏、どうした」
「ちょっと顔見に」
明の顔を見ると無意識に顔がほころぶ。明も同じようで、目尻をとろんと下げた。
髪はすっかり白髪になり、背中も曲がりつつあるが、元気そうでよかった。杏の人の良さそうな、愛らしい二重の目は、明譲りだろう。
「そうかそうか。そこに座りなさい。大知くんは元気か?」
「あぁ、うん。元気だよ」
曖昧に頷きながら、部屋の真ん中にあるソファに腰掛ける。明も自席を立つと、杏の前に座った。
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