◆しあわせなくま 〜エピローグ〜◆

1/1
前へ
/206ページ
次へ

◆しあわせなくま 〜エピローグ〜◆

 くまと少年がわかれてから、何十年もたちました。    ある日。  森の入り口に、ひとりの青年が立っていました。  「もしもし、道に迷われましたか」  くまは声をかけました。  ふり返った青年のまなざしに、見覚えがあります。  あの少年でした。  くまはおどろきました。  「ずいぶん、長い時間がかかってしまいました」  青年は、昔よりもずっと低く落ち着いた声で話しはじめました。  「どんな理由があったとしても、あなたがわたしを傷つけたことは、変えられません。あなたがくまで、わたしが人間で、ちがう生き物であることも、変えられません。わたしたちは、すべてをわかりあうことはできないし、わかりあえたと思うからこそ、傷つけあうこともあるでしょう」  青年の目は、まだどこか、疑うように凍りついています。  くまは自分がしたことの重さに、うなだれました。  「わたしとあなたは、もう一度、なかよくなれるかもしれないし、できないかもしれない。それは、だれにもわからない」  そう話す青年の瞳が、かすかにきらきらと、琥珀のように輝きました。    「だから、もういちど、おはなししませんか」  青年は、くまに向かって、右手を差し出しました。  その手の甲から、腕をつたい、ひじまで、ひどくひきつれた傷あとがありました。  たしかにあの時、くまがつけた傷です。  くまを見つめる青年がやさしくほほえみます。  くまは泣きました。  泣きながら、するどいつめのついた自分の手を、青年の手を傷つけないように、そっと重ねて、にぎりました。    「わたしは世界一しあわせなくまだ」  くまはそう言いました。    春に咲き誇る花の香りを、  夏の木々の緑の美しさを、  秋の木の実のおいしさを、  冬に深く眠るさみしさを、  くまはきっと、青年にたくさん話すでしょう。  青年もきっと、くまの知らない話をたくさん教えてくれるでしょう。  ふたりはもう一度、なかよしになれるでしょうか?  その話は、また、いつか。
/206ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加