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◆しあわせなくま 〜エピローグ〜◆
くまと少年がわかれてから、何十年もたちました。
ある日。
森の入り口に、ひとりの青年が立っていました。
「もしもし、道に迷われましたか」
くまは声をかけました。
ふり返った青年のまなざしに、見覚えがあります。
あの少年でした。
くまはおどろきました。
「ずいぶん、長い時間がかかってしまいました」
青年は、昔よりもずっと低く落ち着いた声で話しはじめました。
「どんな理由があったとしても、あなたがわたしを傷つけたことは、変えられません。あなたがくまで、わたしが人間で、ちがう生き物であることも、変えられません。わたしたちは、すべてをわかりあうことはできないし、わかりあえたと思うからこそ、傷つけあうこともあるでしょう」
青年の目は、まだどこか、疑うように凍りついています。
くまは自分がしたことの重さに、うなだれました。
「わたしとあなたは、もう一度、なかよくなれるかもしれないし、できないかもしれない。それは、だれにもわからない」
そう話す青年の瞳が、かすかにきらきらと、琥珀のように輝きました。
「だから、もういちど、おはなししませんか」
青年は、くまに向かって、右手を差し出しました。
その手の甲から、腕をつたい、ひじまで、ひどくひきつれた傷あとがありました。
たしかにあの時、くまがつけた傷です。
くまを見つめる青年がやさしくほほえみます。
くまは泣きました。
泣きながら、するどいつめのついた自分の手を、青年の手を傷つけないように、そっと重ねて、にぎりました。
「わたしは世界一しあわせなくまだ」
くまはそう言いました。
春に咲き誇る花の香りを、
夏の木々の緑の美しさを、
秋の木の実のおいしさを、
冬に深く眠るさみしさを、
くまはきっと、青年にたくさん話すでしょう。
青年もきっと、くまの知らない話をたくさん教えてくれるでしょう。
ふたりはもう一度、なかよしになれるでしょうか?
その話は、また、いつか。
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