1 京川聖の章

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【 記録 】 [ 7回 ] ブルーベイズ 0 ー 1 ホワイトベアーズ 投球練習。 スプリット、シンカー、カーブ。 いい感じ ……特にスプリットはかなり効果的だと思う。 6回までの球数が47球。 ブルーベイズ打線は目論見通りの超早打ち。 ウイニングショットはナックル。 そう思わせてきたから、早いカウントで打ちにくる。 球速は135から140 …もっとも打ちごろのスピードだから ……ついつい手が出る。 そうやってボール球を打たせてしまうトーヤさんの投球術は一級品だ。 それもこれもあの魔球の威力があってこそだ。 実際、今日のナックルはヤバいと思う。 ナックルは好不調の波がある、と聞いたことがある。 肩が軽ければ、逆に変化量が落ちたり、身体のキレが悪いと異様に揺れたり、指先の微妙な発汗 ……あと湿度の影響も大きいと言う。 調子が悪いとストライクゾーンに入らなくなる。 たぶん、今日はかなりいいと思う。 ナックルをより効果的に使う為に、ここまで落ちるボールを使わないようにしていた。 縦の変化に目を慣れさせない為に、キレッキレのスライダーと、ノビノビのツーシームを中心に組み立ててきた。 でも横の変化とか縦の変化とか目の慣れとかは関係ないように思えてきた。 ナックルはナックル。 元々バッターは投げ方でナックルって分かっている。 分かってて打てないから、早打ちするのだ。 三まわり目。 1番の有賀さんへの初球。 137キロ。 真ん中のスプリット。 絶好球に慌ててバットが出た …これも実はボール球。 ボールの上っ面。 ピッチャー返し …… マウンドの手前で跳ねる打球。 「スルーッ !」 水野さんの声でトーヤさんの躍動がぴたっと止まった。 その後ろ …… 水野さんの動き ……はやっ ! 落ちたボールをショートバウンドで …… ・・・素手で ? 水野さんのランニングスナップスロー。 緩いストライクボールが森田さんのミットへ。 「アウトー !」 ・・・美し過ぎる 「おぉ、プリンスカッケー ! 」 トーヤさんが、珍しく水野さんに笑顔を向ける。 「ナイスリードだ。京川」 水野さんがトーヤさんの言葉をスルーして、おれに声をかけてくれた。 「こっちも褒めろ」ってぼやくトーヤさん。 ・・・いい感じ ……………… ん ? スタンドが異様に騒めいていた。 ザワザワ感が大袈裟な気がするけど …… 水野さんのプレーに驚いているのか ? 今さらっていう気もするけど …確かに素手でのショートバウンド捕球をさらりとやってしまうんだから、誰だって驚くだろう。 2番の岡村さん。 トーヤさんがサインに頷く。 本当に一度も首を振らない。 トーヤさんはおれの要求したボールを、完璧にコントロールすることだけに集中している。 初球。 140キロ。 アウトロー。 ストレートを見逃した。 「ストライク」 ・・・さすが スプリット効果 ……低めギリギリの真っ直ぐに手が出にくくなる。 2球目。 ・・・同じコースに 139キロ。 今度は合わせにきた。 バットから逃げるようにゾーンから外れるツーシーム。 当てたっ ! ……けど前に飛ばない。  「ファールボール」 ・・・追い込んだ 何故かまたスタンドがザワザワしてる。 3球目。 137キロ。 インハイッ ! 胸の高さ。 打ちに来た岡村さんのバットが止まった。 落ちたっ ! 「ストライクスリー」 うおおおおおおおおおおおおおおおおー ! ! ! スタンドが爆発。 ただの見逃し三振に凄い盛り上がり。 さすがスーパースター。 3番の磯部さん。 スタンドの騒つきが鎮まらない。 初球。 ザヮザヮ 83キロ。 磯部さんが思いっきり溜める。 ・・・軌道がヤバい まるでスラローム。 磯部さんのバット ……打ち上げるようなフルスイング。 揺れて ……… “ 消えた ” 見失った。 振り向くとボールがバックネットに向かってコロコロと転がっていた。 完全に見失っていた。 ・・・凄い変化 どんどん凄くなる。 ザヮザヮ ……ザヮザヮ …… まだスタンドが騒然としている。 騒然と言うより喧騒みたいなザワザワ感。 おれの後逸のせいかな ? 2球目。 ・・・どうする ? もう1球いくか ? たぶんトーヤさんのナックルは今日、絶好調なんだ。 なら …… 使わなきゃ勿体ない。 トーヤさんが頷く。 ザヮザヮ ……ザヮザヮ …… 84キロ。 彷徨う魔球。 溜める磯部さん ……打つ気配は感じられない。 球道を見極めようとしている ? 揺れて ……… 見逃した。 “ 落ちた ” 差し出したミットがボールを弾いた。 「ストライクッ !」 ボールが肩に当たって後ろに逸れた。 ドームが揺れた。 トーヤさんが2度小さく頷く。 ザヮザヮ ……ザヮザヮ ……ザヮザヮ ……ザヮザヮ …… スタンドが異様なムード。 ・・・何故 ? なんか集中できない。 とにかく追い込んだ。 ナックルヤバ過ぎる。 3球目。 1球外すか ? ……………… いや このリズムは大事だ …3球勝負を貫く。 サインを見たトーヤさん。 頷くまでに一拍の間があった ? ザヮザヮ ……ザヮザヮ ……ザヮザヮ ……ザヮザヮ …… 投げたっ! 140キロ ……今日一番の球、ツーシーム。 アウトロー。 あっ ! 磯部さんの始動は完璧だった。 “ カーン ! ” 芯を食う快音。 白い閃光が水野さんの頭上を越えた。 ・・・やられた 左中間 ! 鴻野さんのスプリント。 ・・・速いっ 獲物を狙う狼 …… 鴻野さんの体勢が沈んだ。 “ 跳んだっ ! ” 鴻野さんの長身が一直線になった。 打球が落ちる。 鴻野さんのグラブが芝を叩くのが見えた。 ・・・ カバーに回り込んでいたレフトの中江さんの動きが止まった。 「よっしゃー !」 大歓声に負けない中江さんの大音声がグランドに響き渡った。 「アウトーッ !」 線審のコール。 うおああああああああああああああー やったー ! トーヤさんが左中間に拳を突き上げた。 しろくまドームはとんでもないお祭り騒ぎ。 ブルペンで柿田さんが吠えた。 その横でオルトンがソータとハイタッチをしていた。 7回が終わった。 ここまでの球数が54球。 あと2イニング。 楽勝の完封ペース。 このままならブルペンの出番はない。 ん ? ダグアウトの空気 ………………変 ? 「記録なんて気にすんな」 トーヤさんがそう言って、おれの肩を叩いてダグアウトに消えた。 「えっ ?」 ・・・記録 ? ・・・気にすんな ? ・・・えっ ? ・・・・・・ ・・・あっ ! トーヤさん、この試合 ……… まだ一人のランナーも許していない。
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