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【 聖地の悲劇 】
“ 完全試合 ”
プロ野球史上、過去に開幕戦でそんな偉業を成し遂げたピッチャーはいない。
確か ……
メジャーでもいない。
ノーヒットノーランさえない。
あと2イニング ーー
あと6人。
・・・凄いことになった
ん ?
突然の大歓声。
大沢さんのフルスイングがガルシアのチェンジアップを高々と打ち上げた。
明らかに詰まっていたけど ……
その打球がドームルーフのすぐ下を滑るように高く舞い続け、そのままセンターのフェンスを ……
「いったぁー !」
トーレスが叫び、ダグアウトが一斉に立ち上がった。
“ 越えた ”
うおおおおおおおおおおおおおおおおー !
ドームもダグアウトも大騒ぎ。
・・・あれが入る ?
ダグアウトに戻った大沢さんが全員とハイタッチを交わした。
最後尾でおれだけ、頭をポンポンっと叩かれた。
「ビビりました」
「おうよ」
声をかけると嬉しそうに白い歯が覗いた。
2点差がついた。
振り返ると、ダグアウトの一番奥でトーヤさんが真剣な表情でダブレットを見ていた。
チャートを確認してる。
ふと聖地の悲劇を思い出した。
去年、8月のフェンウェイパーク。
エンジェルスのトーヤさんは、ア・リーグの東地区で優勝争いをするレッドソックスを相手に8回までパーフェクトピッチングを演じた。
9回、敵地のマウンドに立ったトーヤさんをレッドソックスファンで埋め尽くされたスタンドはスタンディングオベーションで讃えた。
その直後、肩の故障が再発。
完全試合は未達に終わり、トーヤさんのMLBでのキャリアもそこで終わった。
9回、あの絶望的な映像は今もおれの目に焼きついていた。
今日はあの時以来のマウンドになる。
世界中の野球ファンが待ち望んだ西崎透也の復活マウンド。
それが ……
史上初の開幕戦パーフェクト。
「大丈夫か ? さとし」
いつの間にか隣にダイチが座っていた。
その横にトシもいた。
同期の二人。
二人とも顔が思いっきり強張っている。
そこはたぶん ……おれも一緒。
プロ2年目のひよっこ3人組。
「十分ビビってるよ」
「俺もだ ……おっ !」
ダイチが腰を浮かせた。
4番の鴻野さんがガルシアの160キロをフルスイングでぶっ叩いた。
打球があっという間に右中間を割る。
ライトのアンダーソンがクッションボールの処理にもたついていた。
鴻野さんの足が一塁を回ったところで一気に加速 ……二塁ベースを蹴る。
余裕のスリーベース。
しろくまドームは完全にお祭り騒ぎだ。
「行ってきます」
トシがぼそっと声を出す。
「しっかり身体をほぐして来い」
「思いっきり振って来い」
おれもダイチも同じような言葉になった。
「はい」
トシがバットを持ってダグアウトを出る。
やはり顔面は蒼白だった。
「ちょうど半分なんだよな」
ダイチがしみじみと言う。
「半分 ?」
「トーヤさんは38歳。トシはまだ19歳」
「なるほど」
・・・そりゃ緊張するよな
「さっき水野さんが俺のところに来た」
「水野さん ?」
「この試合、お前と下村は、例えエラーをしても最後まで代えないぞって」
「ダイチとトシ ?」
「俺にはそう言ったけど、当然さとしも同じだろうな。たぶん来たるべくポストシーズンに備えて、ひよっこにはいろんな経験をさせたいんじゃないか ?」
・・・経験
どあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー !
5番の中江さんがチェンジアップを逆方向へおっつけた。
ライトのアンダーソンが下がる。
捕られそうだが十分な飛距離。
犠牲フライで3点目。
「落ち着かないんで、俺も準備するわ」
ダイチが立ち上がる。
「ああ」
おれは無言でダイチのケツを叩いた。
グランドでは常に自信満々の態度で振る舞ってきた沖野大地も、さすがにこのシチュエーションには弱気が垣間見えた。
・・・完全試合のプレッシャー
おれは大学4年の春季リーグで、完全試合未遂を体験していた。
チームのエースだった川口(現マトリックス)が8回を終わってパーフェクトピッチングを演じていた。
8回までヤンヤヤンヤの大騒ぎだった神宮球場も9回になると恐ろしいほどの緊張感に包まれた。
9回の先頭バッターは平凡なサードゴロ。
サードを守っていた2年生はまるで、ロボットのような動きで何とか捕球したが、一塁への送球は5メートルも飛ばなかった。
あっさりと大記録が消えた。
その後、川口は後続を打ち取りノーヒットノーランを達成したが、エラーをした後輩のショックは計り知れないものだった。
SNSによる誹謗中傷も凄まじいものだったと聞く。
おれもそうだけど、きっとダイチもトシも“ 西崎透也 ” は子供の頃からの憧れの超スーパースターだ。
そんな人が同じグランドで史上初の大記録を打ち立てようとしている。
7番の森田さんがショートゴロに倒れた。
チェンジ。
しろくまの開幕戦は3点リードで7回が終わった。
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