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【 1点もやらない 】
走塁妨害 ?
守備妨害じゃないのか ?
「ノーノーノー !」
そう言いながらつかつかと主審に歩み寄る西島。それを塞ぐように慶が優しく抱き止めた。
球場全体の空気がピーンと張り詰めていた。
グランドもダグアウトもスタンドも ……
何故か、一塁側までも。
「がんばれー」
シーンとした中、祈るような声が僅かに漏れ聴こえた。
反射的にスタンドに目がいった。
・・・成瀬
いつの間にか秋山と並んで最前列にいた。
俺を見ている ……
と一瞬だけ思ったけど ……
彼女の顔は月島の肩越しにあった。
・・・
たまたま月島の延長線上に俺が立っていただけだという事に気づいて気恥ずかしくなった。
「大丈夫、大丈夫、ただのアンラッキーだ」
月島が前に出ながら西島に声をかけた。
そのままの位置で腰を落とす。
「じゃあ、打たしてくぞ」
慶が笑みを浮かべながらバックに声を放つ。
「おう、任せなさい」
センターの神谷から大声が返ってきた。
神谷もやはり、ずいぶんと前に出ている。
俺も左を見て、一度杜に頷いてみせた。
杜も頷いて2歩3歩と前に出る。
内野はバックホーム態勢。
ノーアウト満塁。
三塁ランナーが帰れば同点。
スクイズも、タッチアップもさせない。
とにかく1点もやらない ……
声に出さなくても全員がそれを共有出来ていた。
「プレイ」
主審が腰を落とした。
慶の背中がゆっくりとモーションに入る。
永澤のミットがアウトローに動く。
初球 ー
流れるようなスリークォーター。
糸を引くようなストレートが真っ直ぐに永澤が構えたところに吸い込まれる。
キレッキレの速球 ……そして見事なコントロール。
「ボール !」
・・・狙い通り
恐ろしく球も走っている。
今、一番欲しいのは三振。
だが ……
千堂の速い球に慣れている北高打線。
もしもストレートに合わされたら、おのずと打球は速くなる。なのでこの場面、慶はストレートでストライクは投げない。
真っ直ぐは見せ球だ。
第2球 ー
インコース ……
右バッターの膝元を抉るフロントドアのシンカー。
バットが始動した。
スプリットステップ ……
低めのボールを強引に叩きつけてきた。
1歩目で右足を強く蹴リ出す。
打球が大きく弾んだ。
完璧なタイミングで月島が横に跳んだ。
打球が月島のグラブを掠める。
・・・惜しい
細かくステップを踏んで前に突っ込む。
追いついても、ツーバウンド目を待っててはダメだ。
跳びたがる身体を抑えながら、グラブを目一杯差し出す。
「ファーストっ !」「一塁っ !」
月島と永澤の声が重なった。
グランドに落ちたボールをショートバウンドで掬い上げた。
・・・いや
体勢が詰んのめる。
踏み出した左膝に顎が当たる。
もつれそうな右脚を強く蹴る。
・・・コケなければ間に合う
しっかりとボールを握ったら上体が前に倒れた。
そのまま永澤のミットに向かって肘と手首だけを鋭く振る。
腹這いになりながら、ランナーの左手がホームベースに滑リ込むのを見た。
・・・
「アウトッ !」
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