2 鴻野涼介の章

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【 無茶をする冷静さ 】 球場が騒然としていた。 三塁側のスタンドからメガホンの連打が鳴り響いている。 永澤が小さくガッツポーズをしていた。 慶に弾けた笑顔を向けられた。 「思わずファーストって言っちゃったわ」 そう言って月島に引っ張り起こされた。 「いや、今のは無茶だった」 月島と永澤、二人が一塁送球の判断だったのだから、俺が冷静さを欠いていたのだ。 「無茶をする冷静さ(・・・・・・・・)が必要な場面だってある」 真正面から見つめられた。 大きい男だなと感じた。 素直に“ 敵わない ” と思った。 杜にケツを叩かれ、西島が俺に拳を突き出した。神谷、倉科、小湊 ……外野からも声が飛んできた。 指示を無視した強引なプレーだった。 セーフだったら取り返しのつかない危険な判断だった ……と思う。 結果オーライだ。 とにかくアウトをとった。 同点にならなかった。 でもまだひとつアウトをとっただけだ。 ・・・あと2つ ・・・もっと冷静になろう 「そのまま行くぞー」 「ラジャ !」 永澤の声に杜が短く応える。俺も軽く頷いた。 “ そのまま ” は前進守備続行を指す。 ワンナウトになって中間守備に切り換える選択もある。打球によって本塁で刺すか、ゲッツーを狙うか瞬時に決める。いわゆる両睨みというやつで、この場合ゲッツー崩れの1点を覚悟する作戦でもある。 “ そのまま ” はあくまで1点もやらない守備。 バッターが右打席に入った。 5回に亀から満塁ホームランを打ったヤツだ。 ・・・あと2つ 初球 ー インハイに外れるストレートにバットが回った。 2球目 ー バックドアのスライダーを見送った。 「ストライクツー !」 見事な配球。 外野フライ狙いのパワーヒッターを手玉に取っている。 後ろから見ていて1ミリの不安もない。 3球目 ー 真ん中低め ……ゾーンを外れるスプリット。 バットが始動した。 ボール球に手を出させた。 スプリットステップ。 バットがボールの上っ面を叩いた。 詰まった打球 ……が正面に来た。 ボテボテのショートゴロ。 ・・・冷静に 永澤がベースの前に立った。 杜が二塁ベースに向かって動き出した。 バックホームか …… ・・・いや バッターランナーの足は遅い。 ゲッツーで試合を終わらせられる。 「セカンッ !」 月島の声で確信出来た。 杜がベースにつくのを視界の片隅で確認した。 ・・・? あっ ! ボールが …… 捕球の感覚がない。 ・・・・・・ トンネルした ?
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