44人が本棚に入れています
本棚に追加
【 無茶をする冷静さ 】
球場が騒然としていた。
三塁側のスタンドからメガホンの連打が鳴り響いている。
永澤が小さくガッツポーズをしていた。
慶に弾けた笑顔を向けられた。
「思わずファーストって言っちゃったわ」
そう言って月島に引っ張り起こされた。
「いや、今のは無茶だった」
月島と永澤、二人が一塁送球の判断だったのだから、俺が冷静さを欠いていたのだ。
「無茶をする冷静さが必要な場面だってある」
真正面から見つめられた。
大きい男だなと感じた。
素直に“ 敵わない ” と思った。
杜にケツを叩かれ、西島が俺に拳を突き出した。神谷、倉科、小湊 ……外野からも声が飛んできた。
指示を無視した強引なプレーだった。
セーフだったら取り返しのつかない危険な判断だった ……と思う。
結果オーライだ。
とにかくアウトをとった。
同点にならなかった。
でもまだひとつアウトをとっただけだ。
・・・あと2つ
・・・もっと冷静になろう
「そのまま行くぞー」
「ラジャ !」
永澤の声に杜が短く応える。俺も軽く頷いた。
“ そのまま ” は前進守備続行を指す。
ワンナウトになって中間守備に切り換える選択もある。打球によって本塁で刺すか、ゲッツーを狙うか瞬時に決める。いわゆる両睨みというやつで、この場合ゲッツー崩れの1点を覚悟する作戦でもある。
“ そのまま ” はあくまで1点もやらない守備。
バッターが右打席に入った。
5回に亀から満塁ホームランを打ったヤツだ。
・・・あと2つ
初球 ー
インハイに外れるストレートにバットが回った。
2球目 ー
バックドアのスライダーを見送った。
「ストライクツー !」
見事な配球。
外野フライ狙いのパワーヒッターを手玉に取っている。
後ろから見ていて1ミリの不安もない。
3球目 ー
真ん中低め ……ゾーンを外れるスプリット。
バットが始動した。
ボール球に手を出させた。
スプリットステップ。
バットがボールの上っ面を叩いた。
詰まった打球 ……が正面に来た。
ボテボテのショートゴロ。
・・・冷静に
永澤がベースの前に立った。
杜が二塁ベースに向かって動き出した。
バックホームか ……
・・・いや
バッターランナーの足は遅い。
ゲッツーで試合を終わらせられる。
「セカンッ !」
月島の声で確信出来た。
杜がベースにつくのを視界の片隅で確認した。
・・・?
あっ !
ボールが ……
捕球の感覚がない。
・・・・・・
トンネルした ?
最初のコメントを投稿しよう!