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【 失望 】
一瞬で汗が引いた。
“ 逆転サヨナラエラー ”
平凡なゴロをトンネルした。
確実に捕球することを怠った。
送球を迷ったわけではない。
打球から目を離した、ただの注意散漫なプレー。
ゲームセット ー
一塁側スタンドは歓喜に沸いてるわけでもなく、選手たちは淡々と整列を始めていた。
三塁側もただ呆気にとられたように無言の空気だけが流れていた。
球場全体が肩透かしを食らったような中途半端な空間になった。
瞼も頬も口元も突っ張ったような感覚だった。表情筋が麻痺していた。
視線が痛いとも思わなかった。視線に晒されてる感覚がなかった。
きっと気を遣っている …球場にいる誰もが、取り返しがつかないエラーを犯した俺を気の毒がっているような気がした。
俯かないように意識的に顔をあげて整列に向かう。ここで俺が泣いたりうなだれたり、悲観的な行動をとる事こそ、ここに居る全員にとって迷惑な話だろう。
月島の手が肩に回ってきた。
反対側から慶が来て二人に挟まれる形になった。
「ごめん」
掠れた声がでた。
「こういうこともあるさ」
慶の言葉も掠れていた。
「何度も救ってきたんだ」
労るような月島の言葉が痛かった。
“ 絶対に泣くわけにはいかない ”
ただそれだけを思った。
チャーターバスで学校に戻ってすぐに解散になった。バスの中でも、花大さんもみんなもずっと優しかった。慰めと励ましの嵐。
俺は声をかけられるたびに、ただ頷いた。
ただただ頷くことしか出来なかった。
帰り道 ……
5時を過ぎていたけど、まだ昼間のような明るさだった。
自転車のカゴにバッグを放り込んだ。
漕ぐ力が湧かなかったので引いて歩いた。
亀が当然のようについて来た。
「ちょっと ……一人がいいかな」
小さな声でそう言うと、泣きそうな顔で「また明日ね」って言って引き下がった。
タラタラと自転車を引いて歩いた。
通学途中に小さな公園があった。
公園には誰もいなかった。
車止めのところに自転車を置いた。
ブランコに腰を下ろす。
影がゆっくり揺れていた。
西日が作った俺は大きくて堂々としていた。
あの時、絶望と一緒に何もかも諦めた。
何にも期待せず、何も得られないことを当然のように受け入れる覚悟を持った。
あの絶望に比べたら、何が起きても大したことじゃないと思える、と思っていた。
なのに俺はこっちに来てから、いろんな人に支えられていろんなものを貰い、いつの間にか何かを期待する生活を送っていた。
俺は支えてくれた多くの人たちを失望させた。
そんな自分に対する失望は “ あの絶望に比べたら ” なんて単純なものではなかった。
・・・
誰もいない公園に、突然黒い犬が現れた。
黄色いハーネスをつけた柴犬が興味深そうにうろついている。
あちこちの匂いを嗅ぎ回りながら、こっちに近づいて来た。
・・・迷子か ?
ブランコまで5メートルくらいのところまで近づくと、そこで立ち止まり俺をじっと見ていた。
きれいな顔をした賢そうな柴だった。
「どうした ?」
声をかけるとちょっと小首を傾げて、すぐに体の向きを変えて、入口に向かって駈け出した。
そこに人が立っていた。
「この子、タケルって言うの」
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