2 鴻野涼介の章

66/91
前へ
/158ページ
次へ
【 挑発 】 西日のスポットライトを浴びた成瀬がこっちに近づいてきた。 シンプル白Tにライトブルーのスキニーデニム。 ・・・眩しい 思わず立ち上がっていた。 正面から見ると、ずいぶんとスリムなんだなって思った。黒くてゴツくて大きい ……姉貴みたいだって思っていたけど、今はぜんぜん違った。 近づいて来れば来るほど俺の目線が下がった。小さくて透明なイメージにどんどん変化していく。 目の前で立ち止まると、顎を引いたまま上目遣いで右手を差し出してきた。 「はい」 ハンカチ ? …小さなハンドタオルを突き出された。 「えっ ?」 って、声が出たあとに気づいた。 触ると顔が濡れていた。しかもびちゃびちゃだった。 「・・・あいや」 ・・・サイアク 「はい」 もう一度、今度は胸に強く押しつけてきた。そしてサッと手を放した。 胸から滑り落ちるタオルを慌てて掴んだ。 成瀬は何も言わずに隣のブランコに座った。 見ると、ただ優しい眼差しでタケルの動きを追っていた。 俺もそのままブランコに腰を下ろす。 「タケル」 成瀬の声にタケルが弾むように駈けて来て、そのまま二人の間をすり抜けた。 ・・・速っ でも … 何故ここに ? ・・・ 優しい手ざわり …… 真っ白でふかふかのハンドタオル。 とてもこんな汚い顔は拭けない …し … これを使ったら、泣いてたことを認めたことになる。 そんなの ………………………ダサ過ぎる。 「使わないから」 前を向いたままタオルを差し出した。 あっ! 黒い影が指先を掠めた。 ・・・やられた タオルを咥えたタケルがドヤ顔で振り向いた。 ・・・汚れる とっさにタケルの口に手を伸ばす。 届いたと思った瞬間、タケルが口を振って身を伏せた。 そのままの姿勢でジリジリと後退する。 ・・・クソッ 「ああなったら、タケルはなかなか返してくれないよ」 膝に頬杖をついて愉しそうに言う。 「奪い返していい ?」 「いいよ、どんなに追っかけてもタケルが公園から出ることはないから安心して」 ・・・よしっ ブランコからゆっくり立ち上がると、タケルの尻尾が左右に激しく動いた。 そして挑発的に咥えたタオルをブルブルと振リ回す。 細かくサイドステップを踏みながら、フェイクステップを織り交ぜてタケルとの距離を詰める。 ・・・俺のフットワークを舐めるなよ 「怪我しないでね」 成瀬の声が笑っていた。
/158ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加