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【 だから怒らすの 】
汗が目に入るのも気にならなくなった。
俺はタケルに遊ばれていた。
公園の隅にまで追い詰めてタケルの逃げ道を塞いで ……なんて考えていた俺がどんだけ愚かだったか。たった5分で思い知らされた。
スピード、 フットワーク、瞬発力、動体視力、予測力、身体能力、危機予知能力、持久力 ……すべての能力において、俺はタケルの足元にも及ばなかった。
追い詰めるなんて次元じゃない。
逆に、タケルは何度も俺の前にタオルを差し出して挑発してきた。俺の息があがって、最初ほどの元気がないとわかると、敢えてギリギリまで逃げなくなった。そうやって自分でピンチを作って楽しんでいた。
もっと全力で逃げてくれたら、俺だって諦めがつくけど、これじゃ悔しくて諦めることも出来ない。俺はタケルにこのゲームを完全にコントロールされていた。
だけど ……
何だか楽しくもあった。
俺が本気で追えば追うほどタケルが生き生きと躍動する。タケルがはしゃぐことが心地よかった。会って間もないのに不思議な感覚。タケルを追っているあいだ、俺は試合で疲れていたことも、エラーでどん底に沈んでいたことも忘れていた。
「もう …………………………………… ムリ」
いつの間にか辺りは暗くなっていた。5分で息があがったはずなのに、俺は延々とタケルを追い続けていた。
その場にへたり込んで、大の字になる。胸が激しく上下していた。
「タケル」
ブランコに座ったままの成瀬が声をかけると、タケルが尻尾を振りながらすぐに駆け寄る。
成瀬が差し出した手のひらに咥えていたタオルをポトリと落とした。
・・・マジか
「タケルっ !」
そう叫ぶと、いきなりタケルが襲いかかってきた。
・・・わっ !
遠慮なしに覆い被さって顔を舐めようとする。思わず転がって逃げる …けどダメだった。すぐに諦めた。タケルから逃げれるほどのスキルが俺にはない。じっとしてると顔中を舐め回された。タケルの表情は真剣だった。きっと俺はタケルの子分になったのだ。
「タケル、帰るよ」
成瀬に呼ばれるとタケルが動きを止めたので、俺はやっと体を起こすことが出来た。
「どうしてここに ?」
思い切って聴く。
「タケルの散歩コースだから …」
素っ気なく答える成瀬の表情は薄暗くてよく見えなかった。
「今日は早く帰った方がいいよ」
棒読みのような無感情なセリフ。
「・・・うん」
「お風呂入って …」
「・・・えっ ?」
「たくさん食べて …」
「・・・」
「速攻で寝るに限る」
「なんだそれ」
慰められたのか ?
顔をあげるといつの間にかリードに繋げられたタケルが俺をじっと見ていた。
「ぜんぜん敵わないもんだな」
「人間の能力なんて、知れてるよ」
成瀬を引っ張るようにしてタケルが俺の前に来てお座りした。
手を伸ばして首の周りをくちゃくちゃと撫でる。
タケルが突然ひっくり返った。
「知れてる ?」
お腹を撫でると体がクネクネと動いた。
「優れているのは悪知恵くらい」
やはり表情は読み取れなかった。
「けっこう卑怯な生き物なんだな」
「だから自然を怒らすの」
突然、視線がぶつかってきた。
あの日と同じ、逸らすことが出来ない強烈な眼力。
「タケル行くよ」
その一言でタケルが飛び起きた。
「なんだコイツ」
すでにタケルは公園の出口に向かおうとしていた。
・・・素っ気なっ
「超ツンデレ君だから、初対面のきみに心を許したことを恥ずかしがってるのよ」
伸び切ったリードに引かれながら、成瀬はそう言って口許だけを綻ばせた。
・・・
「じゃあね」
「うん」
タケルに引っ張られる背中が不意に薄闇に消えた。
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