2 鴻野涼介の章

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【 高2の冬 】 しっかりと顔をあげて、太腿が地面と平行になるまで膝を曲げる。 10回を3セット。バーベルの適性重量は10回目にギリギリ限界がくる重さ。反復の限界が遠のけば重量を上げていく。俺はこの日、初めて自分の体重を超えた。 月島、永澤、神谷、広田 ……彼らはすでに自分の倍の重量を持ち上げていた。 年が明けてひと月。 俺の成長期が終ろうとしていた。 聖愛先生によるとまだ骨端線は閉じていないようだけど、俺は俺の判断でハードなウエイトトレーニングを始めていた。自分の成長は自分で管理する。それだけの知識も持っている。ここ数ヶ月、身長の伸びはかなり鈍くなってきた。もうトレーニングを制限する必要はないはずだ。 俺はいつの間にかマッチ棒のような身体になっていた。もういい加減、パワーをつけなければ話にならない。 “ 東北の子どもたちに夢と感動を …… ” 11月3日。 仙台のプロ野球チームが日本一になった。 歓喜に沸く映像の数々 ……純粋に心が震えた。 スポーツの力 ……本当にあるんだ、と思った。 それに比べて …… 新人戦のサヨナラエラー。 心底情けなかった。 あんなミスをした俺を誰も責めなかった。 それどころか、みんな俺の守備を褒めてくれた。監督もチームメイトも …クラスメイトですら … 俺は腫れ物扱いされていた。 周囲の人たちは同情心や憐れみで溢れていた。   震災で家族を失って、SNSの誹謗中傷によって人間不信に陥り、何も望まず求めず、周囲の慰めや憐れみを拒絶して ……。 その挙げ句 …… 試合でミスして、自分に失望して、公園で一人で泣いて、一番見られたくない人に見守られ、出会ったばかりの小さな友達に慰められた。 同情や憐れみは、優しさだ。 腫れ物扱いは思いやりだ。 本当は拒絶じゃなく感謝しなければいけない。 腫れ物扱いなんて自意識は、もう卒業しなくてはいけない。 もうすぐ春が来る。 あの豊橋北高校が …… 選抜甲子園に出場する。
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